巻頭企画天馬空を行く
「実戦で使えるワンツーを試合直前に習得、
この成長力が武居の強みなのかなと思います」
強者との対戦を前に急成長
ボクシング転向後も8戦8勝(8KO)と圧倒的な強さを見せ続けた武居氏は、2024年5月に、ついにWBO世界バンタム級タイトルマッチに挑むこととなる。相手は、かつて井上尚弥氏とも対戦したことがある、王者・ジェイソン・モロニー氏。これまで以上の強敵を前に、武居氏は気を引き締めて練習に取り組み、その緊張感を肌で感じ取った八重樫氏も、力を入れてサポートしたという。
武居 相手も強いし、しっかり対策しなければ負けるかもしれないという危機感はありました。気持ち的にも集中して取り組んで、実戦練習に関しては今までで一番多くやったと思います。
八重樫 私もこの試合に関しては、頭を使ってラウンドを組み立てないと相手に流れを持っていかれる危険があると思って、本番までに何度も、パズルを組み立てては壊してという作業をしました。武居の本気度も隣にいて伝わってきましたし、危機感からくる成長なのかわかりませんが、実戦練習での動きも目に見えて変わっていって。その中の1つが、「ワンツー」だったんです。
武居 K-1の頃の僕はジャブやワンツーはほとんど打たず、フック系の振り回すパンチを使っていたのですが、モロニーには当たらないだろうと思って。どんなパンチなら当たるかを考えながら、集中して練習をしていたら、たまたまワンツーが出始めたんです。正直、これまで苦手にしていて直そうともしていなかったワンツーが、ここにきて打てるようになったというのは大きかったですね。
八重樫 ワンツーは、動きとしては単純だし、打つだけなら誰でもできるんです。でも、それを動いている人間に当てるにはどうするかと突き詰めると難しい。モロニーは強いから、普通のワンツーはまず当たりません。だからこそ、実戦で使えるレベルのワンツーが出せるようになったのは良かったし、それを試合直前に習得できるところが、武居の成長力であり強さなのだと思います。
勝負所で臆せず詰められる嗅覚
対策と練習の成果を見せ、見事にモロニー氏に対して勝利を収めた武居氏。K-1とボクシングの両競技で世界王者になったのは史上初の快挙だ。試合後の会見では、同日にルイス・ネリ氏と対戦してWBCダイヤモンド王座を獲得した井上尚弥氏と一緒になり、試合前にスパーリングをしたことを明かして話題となった。武居氏にとって、井上氏はどのような存在なのか、また両者のトレーナーを務める八重樫氏から見た、それぞれの強みについて語ってもらった。
武居 尚也さんのすごさはわかっていましたが、スパーリングで初めて向き合って、本当にすごいんだとあらためて感じました。スパーリング中、最初の1、2ラウンドはなんとか向き合えていたのですが、だんだん僕が得意とするパンチが見切られて当たらなくなり、逆に外されてカウンターを打たれるようになって――最後には出せる技がなくなってボコボコにされてしまいました(笑)。一言で言うと「別世界」でしたね。
八重樫 尚也は今、前人未到の道を進んでいると思います。彼は身体能力の高さはもちろんのこと、自分が何をしなければならないかを見極める思考力も持ち合わせている。己を律してコントロールできるからこそ、世界のトップとして君臨し続けられるのでしょう。一方、武居は「POWER OF DREAM」の古川会長のマインドを誰より心に刻み、仲間と楽しみながら成長する力を持っています。K-1の経験を生かせるのも大きな武器です。そして、これは両者に共通する強みですが、2人とも、勝負所で踏み込んでいく大胆さを持っています。多くの選手は、有効打を当てて相手に効いても、「ここで勝負していいのか、耐えられたら後半にスタミナ不足にならないか」と迷いが生じてなかなかいけないものなんです。でも、2人はそういった場面で決して手を抜かずに詰めていける。勝負所を見極める力と、チャンスを逃さない嗅覚は素晴らしいと思います。
自分の「色」を放てるボクサーに
共に世界の頂点を経験している武居氏と八重樫氏。2人が思うボクシングの魅力とは何か、この機会に語り合ってもらうことにした。
武居 僕はボクシングは「きれい」なスポーツだと思うんです。ボクサーたちは皆、人生を懸けて闘って、自分の未来を切り開いていきます。そこに勝ち負けが生まれて、ドラマも生まれる。それが一番の魅力じゃないかな、と。
八重樫 リングの中はうそがありません。ボクサーは「正直な場所」で、真剣勝負をしている。武居はそれを指して「きれい」と形容しているのでしょう。人が打ち合い、殴り殴られるという光景は非日常的でありながらわかりやすく、懸命に闘う姿が人の心の琴線に触れるのだと思います。選手の目線でも、ボクシングは多くの駆け引きがあっておもしろいですし、単なる「格闘技」ではなく、「スポーツ」としての魅力がボクシングには詰まっていると感じますね。
では、そんな2人が思い描く理想のボクサー像とはどのようなものだろうか?
武居 まずはシンプルに、「相手のパンチをもらわずに、ちゃんと倒せるボクサー」ですかね。そのうえで、会場を盛り上げられるのが理想だと思います。
八重樫 私は、プロボクサーになる時のインタビューで「自分の試合を見てくれた人が、帰りに寄った居酒屋で“今日の八重樫の左フックは良かったよな”とお酒を飲んでもらえる、つまみになれる選手になりたい」と言ったんですよ。
武居 そんなこと言ったんですか!?すごいですね・・・(笑)。
八重樫 そのことはずっと覚えていて、実際に現役時代を振り返ると、終盤はそういうボクサーになれていた気がするので、自分の理想はかなえられたのかな、と。武居についても、もう世界チャンピオンになったので私から言うことはあまりないですが、強いて言うなら「自分の色を放てるボクサー」になってほしいですね。武居に限らず、これから世界で活躍する日本人ボクサーは皆、否応なしに井上尚弥と比べられることになります。でも、皆が皆、チャンピオンの赤コーナーを守り続ける“赤レンジャー”じゃなくて良いと思うんです。武居由樹には武居由樹にしか出せない色があるし、それを放つことでファンの心をつかむような、そんなボクサーを目指してほしいです。
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