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Challenge+(C-plus)

巻頭企画天馬空を行く

「MLBのダイナミックなプレーは楽しいですが、
緻密に組み立てる日本の野球も残ってほしい」

 

メジャー挑戦、開けた視界

2007年のシーズン後にFA宣言をし、シカゴ・カブスと契約して活躍の場をメジャーリーグへ移した福留氏。移籍の背景にはどんな思いがあったのだろうか。

「WBCに参加するまでは、メジャー挑戦の気持ちはほとんどなかったんです。でも、WBCを経てアメリカの野球も見始めたことで、ああいう舞台で野球をするのもいいなとおぼろげながら考えるようになって。ちょうどそれがFAのタイミングと重なり、私が思っている以上に、メジャーリーグのチームが自分のことを評価してくださっていることがわかったので、それも自信になって“やってみよう”という気持ちになりました」

一般的に、日本とアメリカの野球は、「技」と「力」、「チーム」と「個」のように対極的な存在として表現されることが多い。実際に2つの舞台を経験した福留氏もその違いはすぐに感じたという。

「メジャーリーグは、ボールを速く投げるとか、遠くに飛ばすとか、そういう一人ひとりの個の力はずば抜けていて、そこだけで競っていては勝てないなと感じました。一方で、走塁の技術であったり、ボールを取ってから投げるまでの所作だったり、その辺りを合わせてトータルで見れば勝負になることもわかったんです。また、アメリカの野球は全体的に“ラフ”な部分も多いので、そこに適応するためにも、私は間合いやタイミングを取る動作をすべてコンパクトにしていきましたね」

そうしてメジャーリーグでも着実に経験を積み重ねた福留氏。2009年の第2回WBCに参戦した際には、前回大会と比べて心の中に余裕が生まれ、若手選手のサポートもできるようになっていた。

「球場のことも、対戦相手のことも前回よりずっと知っているし、視野のクリアさが全然違いましたね。試合中はずっと落ち着いていて、スタンドを見る余裕があるほどでした。アメリカへ行くのが初めての若手選手たちにも、聞かれたことについてはアドバイスしてあげられましたし、第1回より幅広くチームに貢献することができたと思います。大会としても他国チームがより力を入れているのを感じる中で連覇を達成できたので、良かったですね」
 

阪神タイガースで得た気付き

福留氏は2013年にNPBへ復帰し、阪神タイガースへ入団した。チーム選びの決め手は何だったのだろうか。

「まず、私がPL学園や日本生命で野球をやってきて、大阪になじみがあったこと。でも一番の決め手は、本拠地の甲子園球場が天然芝であることでした。アメリカでも天然芝で野球をしていて、体にかかる負担の少なさを実感していたので、長く野球を続けるならここしかないなと思ったんです」

選手としてベテランの域に差し掛かりつつも、福留氏はコンスタントに試合に出続け、2016年には日米通算2000本安打を達成。シーズン打率も.311と活躍し、2017年には球団史上最年長となる40歳でチームキャプテンも任された。その中で、同氏は自身のチーム内での過ごし方が変化しているのを感じたという。

「かつての私は、“一匹狼”ではないですが、何でも1人でやるものだという考え方で、誰かと一緒に何かをしようと思わないタイプでした。しかし、アメリカで生活やチームメートとのコミュニケーションを含めて周りの方から助けていただいて、自分1人でできることには限界があるんだ、助けてもらうことでできることが広がるんだ、と気付いたんです。だからこそ、タイガースでも自分から若い選手たちに話しかけて、アドバイスをし合ったり、野球以外でも一緒に何かをしたりという時間はどんどん増えていきました。1人の野球選手としてやっていける自信をつけさせてくれたのがドラゴンズなら、周囲の助けがあるからこそ野球を続けられるのだと改めて気付かせてくれたのがタイガースです。どちらが欠けても、今の自分はなかったと思います」
 

訪れた「引き際」とこれから

2021年から原点であるドラゴンズに復帰し、2022年の9月に引退を表明した福留氏。その2年間の思いと、自ら感じた引き際について語ってもらった。

「タイガースを退団した時に、自分の中でもう1つ、引っかかる何かがあって、納得できないまま辞めるのはもったいないなと思っていたところに、ドラゴンズが手を差し伸べてくれたんです。それからは、自分が持っているものを全部ここに置いていこうという決意で、目いっぱいやりました。若い選手にもどんどんアドバイスして、結果を出したら本気で喜んで――そうして2022年の夏前くらいにふと、若い選手を純粋に応援している自分がいると気が付いたんです。その瞬間に、競争の世界からは退く必要があるなと思って、引退を決断しました。最後まで自由に野球をやらせてもらって、24年間楽しい現役生活でした」

2023年から野球解説者として新しいキャリアをスタートさせた福留氏は、さっそく3月の第5回WBCの中継解説も務めた。3大会ぶりに優勝を果たした日本の野球の現在地と未来を、どのように見ているのだろうか。

「まず、これだけ多くの方がWBCに注目してくださって、大会が盛り上がったということが嬉しかったですね。自分たちが参加した時以上の熱量を感じましたから。近年はトレーニング法や食事の情報が増えたことで、大谷翔平さんのようにフィジカル面でも海外選手に引けを取らない日本人選手が増えてきました。一つひとつのプレーがより大きく、ダイナミックになっていくのはワクワクしますが、長く野球をやってきた人間としては、アメリカのスタイルをすべて追随するのではなく、作戦を練って緻密に組み立てていく日本の野球も残ってほしいなと思いますね。私自身、この20数年間はプロ野球のことしか知らない世界にいたので、これからの野球界を盛り上げていくであろう学生や社会人野球の選手たちの考えに触れようと、今は日本生命の特別コーチも務めさせてもらっているんです。そうして見聞を広めながら、いつかどこかのチームのユニフォームを着させていただく機会に恵まれたら、お世話になったプロ野球の世界にも恩返しができればと思います」

(取材:2023年4月)
取材 / 文;鴨志田 玲緒
写真:竹内洋平

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