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Challenge+(チャレンジプラス)

巻頭企画天馬空を行く

「アスリート時代は、さまざまな前例や固定観念
にとらわれないように心がけていました」

 

前例に対する強い反発心を持っていた

2022年の北京オリンピックでは高木美帆氏が金メダル1個、銀メダル3個を獲得して話題になったが、日本人で最初にスピードスケートの金メダルを獲得したのは清水氏であり、また日本初のプロスケーターとなったのも同氏だった。著書『プレッシャーを味方にする心の持ち方』(出版社:扶桑社)の中に、「前例をうのみにする習慣なんてなかった」「定番とか常識とかが大嫌い」という記述があるが、現役時代は自身が日本のスピードスケート界の第一人者であるという自覚、あるいは前人未到の領域に踏み込むことを恐れないフロンティア精神のようなものを持っていたのだろうか。

「どうでしょうか・・・。ただ、昔から『前例』と呼ばれるものへの反発心は確かにありました。例えば、私の現役時代には『ナショナルチームに入るためには身長が180cm以上でなければいけない。なぜなら、脂肪を除いた筋肉だけの体重(筋量)が、一定の基準以上ないと世界で戦えないからだ』といったような1つの判断基準が存在していたんです。でも私はそれに対して『なぜ、そんなデータをもとに日本代表を選ばなければいけないのか?』という強い疑問を抱いていました。そういった意味での前例や固定的な考えにはとらわれないようにしていたんです。確かに昔は大柄な選手が何かにつけて先行したものですが、今はどのスポーツに関しても傾向が変わってきたと感じています。科学的なデータやさまざまな理論が生み出されたことで、小柄な選手でも世界で戦える体をつくることができる状況になったのが大きい。私の現役時代はちょうど端境期でしたので、体格が大きい選手が優位とされる通念への反骨心は間違いなく持っていたと思います」
 

スケートの外の世界に強い関心があった

2010年2月に現役引退を発表した清水氏は、そのわずか3ヶ月後に(株)two.sevenを設立した。これは実に早い決断にも思えるが、同氏がセカンドキャリアとしてスケートの指導者ではなく実業家としての道を選んだ背景には、複数の理由が存在したという。

「理由の1つとして、その後の人生で長期的にスケートに携わっていくプランが立てづらかったということがありました。例えば50代後半から60代くらいの年齢で、指導者としてスケートの現場にいられるのかということを考えると、大きな不安を感じたんです。それから、自分の中で『スケートに関してはやりきった』という気持ちもありました。それまであまりにもスピードスケートに没頭しすぎたことによる疲れも感じていましたし、現役時代から『スケートの外の世界』への強い関心も抱いていたんです。もちろん、それまでのスケート人生があったからこそ、その後の自分が存在しているという気持ちは今も変わりません。また、子どもの頃から建設会社の経営者である父の働く姿を見ていたことも引退後の人生に影響しましたね」
 

アスリートと会社経営者との共通点

これまで、アスリートと会社経営者という2つの人生を生きてきた清水氏だが、その両者には何かしらの共通点があるのだろうか?また、長年スケートで培った経験は現在の仕事に生きていると感じているのだろうか?会社を経営するうえで特に心がけている点と併せて答えてもらった。

「共通するのは、ビジネス用語でいうところの『PDCAサイクル』を実践する点ですね。アスリートは毎日のようにそのPDCAを行っていますから。通常、企業ではPDCAを回すサイクルが一ヶ月置きだったり一年ごとだったりと一定の間隔が空くものですが、アスリートは毎日――極端に言えば、一分一秒PDCAを念頭に置きながら行動しているんです。当社でも新卒で若い人が入社してきたら、PDCAの意識を持ってもらうように指導しています。また私に関して言えば、会社を設立した当初は社員の仕事にあまり口出すことをしませんでしたが、経営者としてのキャリアを積んできたことによって、今では積極的に介入するようになりましたね。会社経営者として特に大切にしているのは、これまで歩んできた自分、現在の自分、将来の自分という『過去・現在・未来』の3つの視点を常に持つことです。それと同時に、同業他社の『過去・現在・未来』も知ることで自身の会社と比較をしつつ、これから先に実現したい夢と、現状に対する危機感の両方とを持ちながら会社を経営するように心がけています。これもまたPDCAと似ていると言えますし、その意味でも自分の考えや姿勢はアスリートの頃から一貫して変わらないな、と最近あらためて感じますね。また、そうした考えやスタンスを『変えてはいけない』とも思っています」

 

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