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巻頭企画天馬空を行く

 

今のスタイルにこだわらず、常にアップデートする――しかし、積み上げてきたものが大きいほど、何かを変えるという決断には恐怖が伴うものだ。石川さんはなぜ、そこで立ち止まることなく前へ進み続けられるのだろうか。

「若手の時は失うものがなく、自分より上の選手に立ち向かっていくことがほとんどなので、ある意味気楽に頑張れるんです。でも、ベテランになると、今まで負けたことがなかった後輩選手に負けるという経験もしますし、その時に、否応なく変化が求められるのだと思います。私の場合、同じ負けの中でも“これは次につながらない負けだな、このままじゃ置いていかれるな”と感じる負けがあって、それを経験したらすぐにアップデートのための取り組みを始めますね。もちろん恐怖心はありますし、時間もかかりますが、それは新しい自分を手に入れるチャンスでもある。実際、私は変わる決断をしたことで技術的にも精神的にも大きく成長できたので、勇気の一歩を踏み出せて本当に良かったですし、続けた甲斐があったと感じてますね」

卓球がもっと身近になる日を見据えて

2018年、国内のセミプロリーグ「Tリーグ」が始まり、卓球選手が日本で活躍できる環境が着々と整いつつある。同リーグ内のチーム「木下アビエル神奈川」に所属する石川さんは、セミプロリーグの開幕が大きなモチベーションアップにつながったと話す。

「Tリーグが始まるまでは、日本選手が国内で試合をする機会がそもそも限られていて、年に1、2回くらいしかなかったんです。それが、リーグ戦が開幕したことで多くのお客さんがチケットを買って見に来てくださるようになったので、モチベーションはすごく上がりました。お金を出していただいているのだから、最高のパフォーマンスをお見せできるようにしたい!と。そもそも、日本代表以外でチームに所属して、それが仕事として成り立つというのは卓球選手の未来にとっても素晴らしいことだと思います。この流れが加速していけば、野球やサッカーのように、週末のスポーツ観戦の選択肢として卓球が入る日がやってくるかもしれない。“明日、卓球の試合を観に行こうか”というくらいの気軽さで、たくさんの人に卓球の楽しさに触れていただけるようになったら嬉しいですよね」

卓球界の未来について笑顔で話す石川さん。近年は世界選手権など大きい大会のテレビ中継も積極的に行われており、試合中にプレーの細かな技術について解説されるようになるなど、競技の認知度は確実に高まっている。石川さんは、その流れも歓迎しているという。

「例えば野球なら、スライダーとかカーブとか、ピッチャーが投げる変化球の名前はテレビで当たり前のように表示されますし、観戦する人もほとんどが知識として知っていますよね。卓球にも、サーブの下回転・上回転とか、チキータ・逆チキータとか、いろんな技があるので、そういったものがどんどん紹介されて、見てくださる方にとってもっと身近になっていけばいいなと思うんです。この前、卓球をやらない友達に“チキータって何?”と聞かれたのですが、それがものすごく嬉しくて(笑)。そんな風に少しずつ知識が広まって、いつかファンの方同氏が観戦中に“今のサーブは巻き込みだったね、次はどうするかな”なんて話をしてもらえたら最高ですね」

卓球を通して感謝を伝える

石川さんは今、世界中を転戦する多忙なスケジュールの合間を縫って、47都道府県を巡って卓球の魅力を伝える「石川佳純47都道府県サンクスツアー」を企画している。その経緯と背景にある思いについて語ってもらった。

「実は、この企画はリオ五輪が終わった頃からずっとやりたいと考えていて、スケジュール的な問題からなかなか実現できずにいたのですが、東京五輪の後、応援してくださった全国の皆さんに会いに行きたいという思いが一段と強くなったことから、やっと始めることができました。2022年の6月に大阪府と奈良県、10月には愛媛県に行ってきたんですよ。主な活動内容は子どもたちへの卓球教室なのですが、すでに競技を始めている子だけじゃなく、初めて卓球に触れる子にもラケットの持ち方から教えるので、とても新鮮で楽しい時間になっています。他にも、食に関するトークショーをしたり、子どもたちと一緒に〇×クイズをしたり―終わる頃には子どもたちから“楽しかった!時間が足りない!”と言ってもらえて、喜びと手応えを感じているところです」

サンクスツアーはまだ始まったばかり。石川さんは、ジャンルを卓球に限定することなく、さまざまな活動を通じて子どもたちに何かへ挑戦するきっかけを与えていくビジョンを思い描いているという。

「基礎的な運動指導をしたり、皆でおにぎりをつくったり、これからやりたいことはたくさんあります。私はスポーツを通じて人間的にも成長することができたので、自分の歩んだ道を話す中で、頑張ることや挑戦することの意義も伝えられたらな、と。そして、このサンクスツアーに参加したことがきっかけになって、卓球でも他のスポーツでも、何かにチャレンジしてくれる子が増えてくれたら、こんなに嬉しいことはないですね」

競技者としてはもちろん、指導者としての道も歩み始めた石川さん。最後に、今の石川さんが思う卓球の魅力について改めて発信してもらうことにした。

「小さい子からお年寄りの方まで、ラケットを握ればすぐにラリーができる。そのシンプルな楽しさと、見たりやったりする中で競技を理解していける奥深さの両面を持っているのが、卓球の一番の魅力だと思っています。私は卓球を始めて22年になり、小さい頃はとにかく必死に自分のことだけを考えてプレーしていましたが、これからは応援してくださる方々に少しでも恩返しできるような活動にも尽力したい。その中で、私自身がレベルアップし続ける姿を見ていただきたいですし、自分でもそれを楽しみながら卓球に打ち込みたいですね。サンクスツアーも積極的に回って、Tリーグでも現地でたくさんの方に見ていただき、すべての活動を通して、卓球の魅力をさらに伝えていければ幸いです」

(取材:2022年9月)
取材 / 文:鴨志田 玲緒
写真:竹内 洋平

 

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