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千葉ロッテマリーンズ二軍監督 今岡 真訪

今岡 真訪
MAKOTO IMAOKA

兵庫県出身。PL学園高校、東洋大学を経て、1996年ドラフト1位で阪神タイガースに入団した。2年目からレギュラーに定着し、2003年には首位打者・ゴールデングラブ賞を受賞する。2005年、プロ野球歴代3位となる147打点を記録。無類の勝負強さで打点王に輝く。2003年、2005年と2度のリーグ優勝に貢献。2010年に千葉ロッテマリーンズへ移籍し、2012年からはコーチを兼任する。同年に引退した。その後、野球解説者などを経て、2016年に阪神タイガース二軍コーチに就任。2018年からは千葉ロッテマリーンズの二軍監督を務めている。

千葉ロッテマリーンズの今岡真訪二軍監督。「指導者=教える人」という常識にとらわれることなく、寡黙に選手を見守り続ける姿には、独特の存在感がある。「監督の仕事は選手を観察することと、環境を整えること」と言い切る今岡監督。多くを語らず、鋭い視線で見つめる先に何を思うのか。そのマネジメント論に深く迫る。

 

選手の環境を整える

取材当日、千葉ロッテマリーンズの二軍本拠地がある埼玉県さいたま市南区の「ロッテ浦和球場」を訪れた。「意外な場所にあるでしょう。ファームも千葉にあると思っている人が多いんだよね」と、気さくな口調で場を和ませてくれた今岡真訪二軍監督。2020年シーズンで就任3年目を迎えていた。

「二軍の指導者を務めて5年、選手兼任コーチを務めたシーズンも含めると6年目になります。プロ野球球団という組織の中で、指導者としてどうあるべきか。この問いに対して、僕は僕なりの『答え』をしっかりと持っています。それを一言で表すとすれば、『環境を整える』ということです。『管理』という表現もありますけど、僕は『環境を整える』のほうが好きですね。つまり、選手にとってより良い環境をどうすれば整えられるか。そこに注力していくのが、今の僕の仕事であると考えています。言葉にしてしまうと簡単ではあるものの、これが本当に難しい。しかし環境さえ整えば、選手は勝手に育つものだと思っています。
 ですから極端に言ってしまえば、この取材で『俺は現役時代にこんなことをやってきた。そのため、選手に対してはこうやって教えている』といった話は、たぶん出てこないと思います。僕の経歴や選手としての記録などは、今の立場では必要ないからです。さらに言えば、自分の経験を伝えること自体が選手の邪魔になってしまうと考えています」

環境を整えることが、すなわち選手の育成につながるということだろうか。真意を探るべく、詳しくうかがった。

「よくありがちなことですけど、プロ野球は、監督一人、コーチ一人で率いる少年野球の感覚とは違うんです。きちんとした組織であること。これを常に念頭に置いていなければいけません。球団には首脳陣だけで十数人、医療チームや広報チームといったいろいろな役割を担う部署があり、それらが大きな一つの組織となっています。そこには人の数だけさまざまな考え方、価値観がありますからね。あらゆる物事を調整しつつ、意思統一をするのは並大抵のことではありません。もし、少しでもぶれてしまえば、あっという間に積み重ねてきたものが崩れ落ちます。そうなると、誰よりも選手に迷惑がかかってしまう。だからこそ、組織の中での自分の軸をしっかりと理解し、空気をつくり上げていく。仕事がしやすくなるよう環境が良くなっていけば、選手は自ずと飛躍していきます。
 わかりやすく一つの例を出しましょう。職場で2人の上司に同じ質問をしたとします。すると、その答えがそれぞれ違っていた。聞いた本人からすれば、どちらの言うことを聞けば良いのか困ってしまう。みなさん、一度はこのような経験ありませんか?
 実はプロ野球の世界でも、同様の問題が起こるんです。一球団には監督をはじめ、投手コーチ、打撃コーチなどさまざまな役割を担うコーチが在籍しています。その一人ひとりが自らの野球哲学に則り、『ピッチングはこうしたほうがいい』『バッティングはこうしたほうがいい』と好きなことを喋る。当然、選手は困惑してしまいますよね。ときには、監督とコーチどちらの話を聞くのか、序列を考慮しないといけない気まずいケースにもなってくるわけです。
 ほとんどのコーチには、あの手この手で将来有望な選手を囲う習性があります。なぜならば、その選手が活躍したときに『俺が育てた』とアピールすることが、コーチ自身の評価につながるからです。教える側にしてみれば、その選手に期待を込めてアドバイスを送っています。もし言うことを聞かない選手がいたら、『せっかく教えてあげたのに、なぜ聞かないんだ』となってしまう。良くないですよね」

指導における1対9の法則

では、監督として選手とはどのように接しているのだろうか。そこには、独自の指導ルールがあった。

「僕は普段、選手に対して多くを語りません。選手に何かアドバイスをするのは全体の1割程度にとどめ、あとの9割は黙って見守ります。チームの中でどうやって己をアピールしていくのか。そのことを選手自らで考えて行動し、技術を磨いていく。その過程で必要なアドバイスや、選手自身に気付いてもらうためのヒントというのは、全体の1割だけでちゃんと伝わるという考え方です。指導にあたるうえでは、この1対9のバランスがちょうど良い。まさに黄金比であると確信しているんです。
 また、できるだけ感情を出さないようにも心がけています。感情を出すのは、試合中だけです。勝利という目的がありますから、必要な指示を適宜出し、良いプレーをした選手がいたら褒めます。けれども、普段はそうではありません。なぜなら、組織の中での二軍監督という立場があるからです。僕が感情の赴くままに行動をしてしまっては、チームの雰囲気に悪い影響を及ぼすでしょう。だから、感情をコントロールしなくてはいけないんです。そこにいるだけで選手たちが緊張感を持つ。そんな存在であることが理想だと思っています。
 そんな僕が、選手とのコミュニケーションを交わす中で大切にしているのは、あいさつです。『おはよう』『お疲れさま』『ご苦労さま』。選手からのあいさつには必ず誠心誠意のあいさつで返します。それが相手に伝われば、『俺はちゃんと見ているからな』というメッセージは必ず届く。たとえ距離が遠くても真後ろからであっても、できる限り全力で応えるようにしていますよ」

 

 

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