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Challenge+(チャレンジプラス)

巻頭企画天馬空を行く

「人生に意味を求めるのではなく、人生からの
問いかけに答えていくことが大切なんです」

 

人生からの問いかけに答え続けること

2022年のゲンナジー・ゴロフキン戦を最後に現役生活に幕を下ろした村田氏。ボクサーの中でもとりわけユニークなキャリアを歩んできた同氏に、理想のボクサー像について尋ねてみた。

「ちょうど先日、大阪へ行った帰りの新幹線の中で、ジョージ・フォアマンの映画を観ていたのですが、彼は1つの理想かもしれないと思いますね。ボクサーとして1年ちょっとで五輪の金メダルを取って、その後すぐ世界チャンピオンにもなって、無敵の男として恐れられながらもモハメド・アリに負けて。そこから神と出会って伝導の道へ進んだものの、仲間がお金を使い込んでしまったせいで、立ち上げた青少年センターの運営を続けるために現役復帰して、45歳で世界チャンピオンに返り咲く――そういうストーリーがあることが私の中では大事なんです。昔から、私はあくまで人に興味があって、競技としての強さより、その人がボクシングを通してどんな人生を歩んでいくのかという部分に引かれているように思います。ただ、理想なんて人によって違うものですから、これ、と1つに決めずに皆がそれぞれに思う理想を追い求めれば良いんじゃないでしょうか」

語られる一つひとつの話に含蓄がある村田氏は、現役時代からかなりの読書家として知られており、人生を歩む道しるべとしているという。混迷を極める現代社会において、読書をすることの有用性について、自身の今後のことも交えながら語ってもらった。

「昔から父に本を読みなさいと言われていた影響もあって、現役中もホテルなどで時間さえあれば本を読んでいました。特にヴィクトール・フランクルの著書『夜と霧』『死と愛』『それでも人生にイエスと言う』などは、人生との向き合い方が語られていて素晴らしい本だと思います。これからの世の中、AIが人間に取って代わる部分も多くなって、その中で人が生きる意味は何なのか、人生そのものの意味についてわからなくなる瞬間が出てくるでしょう。でも、人生に意味を求めなくとも、人生は私たちに常に何かを問いかけてきています。それに答えていけば良いと思いますし、フランクルの著書にはそれが書かれているので、皆さんにもぜひお薦めしたいですね。本にはいろいろなことが書かれていますが、人が抱える悩みや問題は時代とともに姿形を変えているだけで、根本は同じです。だからこそ古き良き本、例えば聖書などから学べることはたくさんありますし、人生を歩むうえで昔の本を読むことは非常に実用的だと思います。私自身、自分の人生がこの先どうなっていくのかはわかりませんが、分野を問わず、自分が必要とされるところでできる限りのレスポンスをしたいと考えています。それが私が生きる“レスポンシビリティ(責任)”であり、フランクルが言う“人生からの問いかけに答えること”なのかな、と」

常に学び、己の哲学を持って歩み続ける村田氏。そんな同氏に、これから活躍していくボクサーや若い世代の人たちへ向けて、最後にエールをお願いした。

「みんな一生懸命にやってると思いますし、それぞれが経験する中で得るものがあるでしょうから、あまり私が“こうしなさい”という形を示すつもりはありませんが・・・そういえば先日、慶応大学のボクシング部にコーチをしに行った時、ある学生がドラムミットを打ち込んでいました。アマチュアではそこまで必要のない練習だったので、良かれと思って“何でドラムミットを打ってるの?”と聞いたら、不思議そうな顔で“気持ち良いからです”と答えられて。横にいたコーチは私に謝ってきたのですが、私はむしろ彼のほうが核心を突いているかもしれないと思ったんです。楽しいからやる、気持ち良いからやる――それも物事の1つの本質だな、と。だから、すべてに意味付けするのではなく、己の中にある感覚を大切にして、自分なりの自己実現をしていけば良いと思います。それが、若い世代の人たちに私から送ることができるメッセージです」

(取材:2025年3月)
取材 / 文:鴨志田 玲緒
写真:竹内洋平

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