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Challenge+(チャレンジプラス)

巻頭企画天馬空を行く

「発声はその人の性格、歌はその人。
それがサンドファクトリーの理念です」

 

人柄を重視する独自システム

以後、「サンドファクトリー」はプロ・アマチュアを問わず多くの生徒と、オーディション番組のボーカルトレーニングを行うようになった。歌のトレーニングと聞くと技術的なものが主になるとイメージしがちだが、「サンドファクトリー」では何よりもまずその人の“人柄”を把握することを重視するという。その独自のカリキュラムを考案したキム氏に、内容を詳しく語ってもらった。

「私たちは、“発声はその人の性格、歌はその人”という理念に基づいたカリキュラムを用意しています。発声というのは、その人が子どもの頃からどのように生きてきて、どんな性格が形成されてきたのかという部分に大きな影響を受けます。例えば、幼くして親を亡くすような悲しい経験をした子どもは、性格に暗い部分を持っていて、呼吸も腹式呼吸ではなく胸のあたりの筋肉を使っていることが多いです。そんな風に、まずは技術的な部分よりも生徒一人ひとりの性格と発声を理解するのです。私はもう15年以上、性格と発声を結びつけて体系化する研究を続けており、発声分析の特許も取得しています。それが、サンドファクトリーのオリジナルメソッドである『FMSO分析』です。いま、若者を中心にMBTIというAIを活用した性格診断が流行していますが、FMSO分析はそれの発声版だと言えばイメージしやすいと思います。発声と声帯の特徴、さらに音程の高低によって音声タイプを8種類に分け、その人がどのタイプに属するかを自動で診断します。そのうえで、その人の目標―どんなふうに歌いたいか、どんな歌手になりたいか、というところにフォーカスしたトレーニングを行うのです」

さらに、指導においては生徒を8段階のレベルに応じてクラス分けし、プロの歌手やアイドルを目指す人に対してはレベルアップのために真剣に向き合うというキム氏。時には現実的なこと、厳しいことを伝えることもあるが、それは生徒の将来を本気で考えているからこそだと同氏は力説する。

「歌の上手さというのは、単に高音域をきれいに出せるとか、そういうことではないんです。自分の感情や心の内を表現する声があるかどうか―正直に言うと、これは才能に依存する部分が大きいと思います。もちろん、努力でレベルを上げていくこともできますが、限界もあります。私たちの基準で言うと、8か月でレベル3まで上がれなければ、プロを目指すのは諦めるように話をします。“挑戦することは大事、でも、かなわない夢を持ち続けるのは駄目だ”と」

かつて自身も本気で歌手を目指し、葛藤しながらも夢に見切りをつけて新しい道を歩み始めた経験があるキム氏だからこそ、その言葉には重みが宿る。その誠実な姿勢は、生徒はもちろん、保護者からも高く評価されているという。

「もし利益だけを考えるなら、どんなレベルの生徒でも、プロを目指したいという夢を尊重して、アカデミーに通い続けてもらうほうが良いのでしょう。でも、私はそうしたくないんです。今は歌手デビューの年齢は20歳でも遅いと言われるほどですし、チャンスは本当に限られています。そのタイミングを逃し、大学にもいかずにズルズルと夢を追いかけ続けると、必然的にその後の将来が厳しくなってしまう。そうならないために、生徒一人ひとりの素質と現在地点を正確に見極め、プロを目指せるなら全力でサポートを、難しそうなら事実をきちんと伝えて次のステージに進めるような助言をすることが、トレーナーの役目だと私は思います。もちろん、趣味でレッスンを続けるのは何の問題もありません」

オンラインサービスから海外へ

2020年からのコロナ禍の影響を受け、韓国国内もさまざまな規制が敷かれ、サンドファクトリーも対面でのボーカルトレーニングができなくなった。しかしそんな状況でもキム氏は下を向かず、新たなサービスを打ち出して次の展開への準備を進めていった。

「至近距離で対面して声を出す、ということで、真っ先に規制が入ったのがボーカルトレーニングでした。オフラインでの運営はしばらく難しいかもしれない―そう判断した私は、オンラインでもサンドファクトリーのサービスを提供できる仕組みをつくるべく、新たにK-POPファクトリーという会社を立ち上げたんです。その後まず開発したのが、FMSO分析とレベル判定を遠隔で行えるアプリ『TUNEGEM』でした。これは利用者が歌を撮影してアップロードすると、AIがFSMOとレベルを判定し、レベルアップのためのヒントを提供するというもので、202ヶ国で展開して80万人にダウンロードしてもらいました。2022年からはオンライン上で一対一のトレーニングができるようにモデルを切り替え、対面と変わらないクオリティで指導ができるようになっていったんです。実は、同年に『HYBE LABELS JAPAN』からデビューした『&TEAM』も、オーディション時のトレーニングを私たちがオンラインで手がけたんですよ。また現在は、秋元康さんがプロデュースされたインドネシアのアイドルグループ『JKT48』のオンライントレーニングも予定しており、準備を進めています」

満を持して日本へ進出

韓国を飛び越え、海外での事業展開にも力を入れ始めたキム氏は今、日本への進出を見据えてさまざまな準備を整えている。しかも、日本ではオンラインのサービスだけでなく、オフラインのアカデミーを立ち上げることも計画しているという。

「今の日本は、私がサンドファクトリーを立ち上げた頃の韓国と同じで、まだ歌を人から教わるという概念が浸透しきっていない状態です。だからこそ、ビジネスチャンスがあると思っています。日本でもK-POPの人気は年々高まっていて、韓国の大学のK-POP科へ進学を希望する日本人学生も増えているんです。そういう方に向けて、ボーカルトレーニングをしながら、大学進学の準備も進められるようなアカデミーを立ち上げたいと考えています。K-POP科へ進学するには、歌はもちろんのこと、ダンスや韓国語も習得しなければなりません。それらを包括的に学べる場があれば、生徒たちの助けになると思うんです。ちょうど、日本で韓国語学校を経営している友人がいるので、その人と一緒に着々と準備を進めているところです」

キム氏の構想を聞くとかなり本格的なアカデミーをつくろうとしていることがうかがえる。ただ、あくまでも留学を目標とする人の要望に応えられる環境を整えることを重視しており、生徒の間口は広く取るつもりだという。

「日本には、特に40歳以上の女性に韓流ドラマやK-POPのファンがたくさんいますよね。そういう方が、自分が好きなアイドルや歌手と同じ曲を歌ってみたい、韓国語を話してみたいという目的で通ってくださるのも大歓迎です。プロを目指す人から趣味を楽しむ人まで、どんな人でも通えるアカデミーにしたいと考えています」

 

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