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Challenge+(チャレンジプラス)

巻頭企画天馬空を行く

「自分の道をひたすらに歩みながら
フェンシングの極意を体現したい」

 

 1つの物事を点で捉えるのではなく、自身が歩んできた、これからも歩み続ける道の一部と捉える――それはアスリートの枠を超え、まさに求道者のような考え方だ。そんな見延氏を象徴するエピソードがもう1つある。同氏は試合に臨む前、包丁を研ぐのだという。

「フェンシングは指先の動きで剣先に力を伝え、針の穴を通すようなコントロールでターゲットを狙う競技です。包丁を研ぐ作業も、微妙な力加減が必要で、少しでも雑念が入るとすぐ刃がガタガタになってしまうので、繊細な感覚を養うためにこれほど適した作業はないと思います。しかも、包丁を持って砥石に当てた時、実際に研がれているのは裏側、目に見えない部分ですよね。それを指先から感じ取っていくと、自分の中から余計なものがそぎ落とされて、瞑想をしているような状態になれるので、試合前に精神を落ち着かせるためにもやっています。また、地元である越前市が包丁の名産地であることも大きいです。越前市の包丁は職人さんが1本1本魂を込めてつくっていて、初めて見た時は日本刀のような美しさに鳥肌が立ちました。世界中の名だたるシェフもわざわざその包丁を買いに訪れるそうで、“福井から世界へ”という共通点もあり、そんな包丁を研ぐことで私も同じ思いで戦う気持ちを最後に乗せたいな、と。日本代表である前に、私は福井代表でもありますから」

史上最強のフェンサーへの道程

2024年のパリ五輪。見延氏は再びエペ団体の日本代表に選ばれ、チーム最年長としてチームを支えながら銀メダルを獲得した。エペ団体における2大会連続のメダルは史上初―再び迎えた大きな節目だが、東京五輪後とは違い、見延氏の心が揺らぐことはなかった。

「決勝は1点差の勝負で、限りなく金に近い銀メダルでしたし、パフォーマンスとしてはほぼ100点だったと思います。何より勝ち続けることが難しいエペという種目で、日本の強さや自分たちがやってきたことの正しさを証明できたことが嬉しかった。そうして、進んでいる方向が正しいとわかったからこそ、大会後は自然と、改善点と必要なトレーニングのことについて考えていました。引退のことは一切頭をよぎらなかったですね」
見延氏はかねて、“史上最強のフェンサー”になることを掲げてきた。それがどんな存在で、その境地へ至るには何が必要なのか。今の見延氏から見えているものを語ってもらった。

「先ほども言ったように、エペは勝ち続けることが難しく、絶対王者がいません。でもそれは、まだエペという競技を100%理解した人がいないというだけであって、決して無理なことではないと私は思っています。競技自体もまだまだ進化している中で、私たちは日々の練習を積み重ねて常に“100”を出せるようにしなければならないし、同時に“101”を生み出すための挑戦もしていく必要がある。史上最強のフェンサーがまだ概念でしかないからこそ、それが何かを探求し続けるしかないんです。私自身、かつては攻撃的なスタイルでしたが、最近はフェンシングの語源でもあるフェンス(防御)に極意があるような感覚もあり、新たなスタイルを模索しています。そのように変化を恐れることなく前へ進み続けること、それが重要なんです」

己のフェンシング道を次代へ見せる

見延氏は競技の傍ら「折れ剣再生プロジェクト」を立ち上げ、フェンシングの折れた剣をアップサイクルする活動にも勤しんでいる。
「競技中は激しく剣を交える以上、どうしてもいつかは折れてしまいます。でもフェンシングの剣はとても高価だし、選手にとっては折れた剣も“ゴミ”ではない。自分が努力してきた記憶や大切な試合の思い出が詰まっているからこそ、多くの選手が保管しているんです。私はそれを新しい形で再利用できないかずっと考えてきて、ようやくプロジェクトにすることができました。今は、日本代表選手が使っていた剣を包丁やタグプレート、メダルなどにつくり替えています。特に、メダルは次世代の日本代表を目指す子どもたちの大会賞品としてもう何度も提供していて、喜ばれているんですよ。私がフェンシングを始めた頃は、五輪の舞台は全然想像できませんでしたが、五輪メダリストの剣でつくられたメダルがあれば、私たちよりずっと鮮明にその舞台に立つことを思い描けると思います。このプロジェクトが、子どもたちの未来を照らす一助となれば幸いです」
己のフェンシング道をひたすらに歩み続ける見延氏。最後に、これからフェンシングの世界へ足を踏み入れる後進へ、メッセージを送ってもらった。

「フェンシングにおいて重要な気付きは、“自分が突きたいと思っている時、相手もまた突きたいと思っている”ということです。対戦相手が今何を考えているか、何をしたがっているか、つまりいかに相手を思いやれるかどうかが、意外と勝利への近道になっていて、私はそこがこの競技のおもしろいところだと考えています。これからフェンシングを始める人には、子どもから大人までできる競技だからこそ、剣を置くことなく生涯やり続けてほしいですね。きっと、競技に限らず自分の人生を豊かにするヒントを得られると信じていますし、私自身がフェンシングを通して、それを体現し続けられればと思います」

(取材:2025年7月)
取材 / 文:鴨志田 玲緒
写真:竹内洋平

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