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Challenge+(チャレンジプラス)

巻頭企画天馬空を行く

山のエネルギーを活動源に

15歳から山に登り続けてきた野口氏に、登山の魅力を率直に伺うと、意外な答えが返ってきた。

「登山の魅力なんて、正直言って何もないんじゃないでしょうか(笑)。登山家たちともよく議論するのですが、社会や日常から離れたくて山に登っている、と言う人が多いですね。登山をしない人から見たら、登山家は過酷で大変なことをしているように見えるでしょうが、僕たちからすると、社会生活を送り続けるほうがよほど大変に見えるんです。自分たちには登山しかできない──そう思って登っているという登山家が大半だと思います。
 ただ自分の場合、それに加えて『山からエネルギーをもらっている』というのが大きいですね。僕はここ何年も、年末年始はヒマラヤで過ごし、1年間にあったことを整理して、これからの活動を考えることを恒例としています。社会生活から離れたいというのもあるんですが、それ以上にヒマラヤでパワーを補充したいという目的があるんです。
 僕は今、登山以外にも清掃登山や遺骨収集など、さまざまな活動をしています。ある時、知人に『登山なんて危険なことは止めて、その他の活動に専念して生活していけば良いじゃないか』と言われたことがあって。『それもそうかもしれないな』と、ちょっとだけ登山と距離を置いてみた時期があったんです。すると、何だか頑張り方が分からなくなってきて、結局はどの活動もトーンダウンしてしまいました。そのブランクを経て、『自分はなぜ登るのか』ということに気付かされたんですよね。僕はヒマラヤで得たエネルギーを基に、いろいろな活動ができているんだな、と」

また、野口氏がヒマラヤに登り続けるのには、もう1つ理由がある。

「人って、どうしても周りの環境や社会に影響を受けて、少しずつ変わっていくものなんです。その変化が徐々に積み重なって、気付けば最初に思い描いていた方向とは全く異なるほうへ向かって進んでいたりする。でも小さな積み重ねだからこそ、日本だけにいると、自分が変わったこと自体に気付かないんですよね。そこで、僕はヒマラヤに行くんです。10代で初めて訪れた時から、ヒマラヤは変わらないままそこにある。それを見ると、自分の進む道がぶれているときに気付くことができるんです。ヒマラヤは自分の原点であり、背骨ですね」

バランスを保つことで全体が見えてくる

野口氏が現在行っている登山以外の活動は、多岐にわたる。エベレストや富士山の清掃登山、シェルパ基金の設立、環境学校の開設、戦没者の遺骨収集、希少生物の保護活動、被災地支援など・・・挙げたらキリがないほどだ。ヒマラヤで溜めたエネルギーが、そうした活動の源だと話す同氏だが、そもそもなぜここまで幅広く着手しているのだろうか。

「1つのことだけに集中していると、どうしても行き詰まっていくんですよ。そういうときに、他の活動に切り替えて流れを変えるんです。そのために複数のことを並行してやっているのかもしれないですね。例えば、清掃登山をしていて難航したり、停滞したりしてしまったときには、山に登ってみるとか。それは、清掃を止めてしまうわけではなく、そこに割くエネルギーの量を少し減らすイメージです。そうやって、追い詰められて余裕がなくなったときには、そのことと一度距離を取って“かわす”ことが大事。そうしないと、続けるためのモチベーションが保てなくなってしまいますよ。
 特に山に登っていると、体力と違って、人間の精神力はそうそう鍛えられるものではないと感じるんです。『心を強くしよう』と簡単に言いますが、いざ折れてしまったら大変です。だから、一点集中しすぎないようにバランスを取ることが必要だと思います」

“バランス”は、野口氏の活動を支えるキーワードの1つだ。同氏は至るところで、そのバランス感覚を発揮している。

「これは私の活動だけではなく、経営にも通じることだと思いますが、活動をしていて、全ての人に評価されることなどまずありません。応援の声があれば、必ず批判もあるのが常です。でも、批判の意見ばかりを聞いていると、何もできなくなってしまいますよね。一方で、『自分が絶対に正しい』と意固地になれば、今度は視野が狭くなり、周りの意見が耳に入らなくなってしまうでしょう。だから、そこでもバランスを取ることが大切なんです。僕自身、活動を始めた当初は、どうすればいいか分からずにもがいていましたが、続けているうちに、このことに少しずつ気付いてきました。まぁ、それでも苦しくなったときはまた山に登ればいいですからね(笑)」

挑戦の先にあるものに期待して

10代にして「登山」という熱中できる道を見つけて以来、新たに歩むべき道を幾筋も築いてきた野口氏。最後に、まさに挑戦の連続である人生の原動力を尋ねた。

「挑戦すること=100パーセント幸せかと言うと、決してそんなことはないですよね。よく、今の子どもは夢がなくて挑戦しないという話を聞きますが、果たしてそれは悪いことと言い切れるのでしょうか。だって、夢や目標を持つから葛藤しますし、プレッシャーに苦しめられる。そして、挑戦するから失敗しますし、それが山であれば死に至ります。挑戦には、メリットだけでなくデメリットもたくさんあるんですよ。
 それなのに、なぜ自分は挑み続けるのかと言うと、挑戦しないと何も残らないと思っているからです。振り返れば、高校で落ちこぼれて停学になって、あのまま何もしなければ、今の自分がどうなっていたか。つまり、挑戦をせずに自分に何も残らない状態が怖いんです。どうせ怖い思いをするなら、挑戦したいと私は思います。あとは、やっぱり好奇心もありますよね。夢を追って命を落としていく仲間を僕は毎年のように見ているのに、それでもまた挑戦してしまうのは、その先にあるはずの新しい世界を期待しているからです。だって、人生そこそこ長いじゃないですか。そういう楽しみや刺激があるから、ずっと飽きずに生きていけるのだと思うのです」

(取材:2018年7月)

 

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