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水泳の魅力を伝える立場として
選手としてのメンタリティを学ぶために大学では心理学を専攻し、卒業後はアメリカ留学も経験。誰も自分のことを知らないという環境で心の余裕を取り戻した岩崎さんは帰国後、水泳指導者の道へ進んだ。日本水泳連盟競泳委員・水泳インストラクターなども務めている現在、どのような思いで指導にあたっているのだろうか。
「指導するときは何より私が笑顔でいること、水泳を楽しむことを心がけています。そのうえで、自分自身が一生懸命に取り組んでいる姿を見せること。プールだと知らぬ間にスイッチが入って、『プールのなかだとかなりハキハキ喋るんですね』と言われます(笑)。そうやって自分が生き生きとしていれば、きっと水泳は楽しいものだと思ってもらえるだろうし、なにか感じてもらえることもあるはずだと信じています。
テクニカルなことを言えば、水泳界でもどんどん新しい技術が生まれ、進化し、それに伴い練習方法も昔と大きく変わってきています。事実、私がメダルを獲得したときのタイムは2分26秒でしたが、現在の日本記録は2分20秒台、世界記録は2分19秒台とかなり縮まっているんですね。だから私も現役のトップ選手がどういう練習法を取り入れているのか、コーチはどんな指導法をしているのかを間近で見、肌で感じながら、そのなかで得たものを多くの人たちにフィードバックしていきたいという気持ちはありますね」
水泳に支えられてきたからこそ、水泳界への恩返しがしたい─。日々その思いで活動を続けている岩崎さんは水泳の魅力を次のように語る。
「浮いているときの気持ちよさというのは、陸上では決して感じることのできない水泳だけの魅力だと思います。水のなかに入って浮いていると、本当に心からリラックスできる気がするんです。これも泳げるからこそ味わえることだと思うので、そういう楽しさも含めて指導していきたいです。
それと、これは水泳に限ったことではないですが、真剣にスポーツに取り組むことでセルフマネジメントができるようになるのも素晴らしい点だと思います。それは結果的に『身体のコンディションを整える』『気持ちを整理する』『スケジュール管理を通じて1日を有効活用する』といった、日常のメリットにも繋がります。スポーツを通じて健康になるのはもちろんのこと、日常生活の色々な面でプラスになるんだということも、しっかりと伝えていきたいですね。
ちなみに早く泳げるようになるコツは“続ける”ことと“目標を持つ”こと。当たり前のことかもしれませんが、色々な経験をしてきた今、本当の意味でその大切さを実感しています」
水泳人としての今後
若くして金メダルを獲ってしまったがために、ほかの誰にも経験することのできない苦悩や挫折も味わってきた岩崎さん。そのなかで彼女自身、どんなことを感じてきたのだろう。
「私が大切にしているのは『素直さ』。歳を重ねるごとに人の意見に耳を傾けるのがおっくうになるものですが、だからこそ私はいつまでも素直な気持ちで、色々な意見を柔軟に取り入れていきたいと思っています。やはり色々な人を見てきたなかで、人に頼られたり好かれたりする人ほど素直で柔軟な発想を持っているなって、すごく感じます。だから私も偏見を持たず、何ごとにも興味を持って、色々なものを敏感に捉えていく感性を大事にしたいですね」
その柔軟性は1人の母親としての教育論、そしてこれからの生き方にも繋がっている。
「よく『我が子を水泳選手にしたいですか』と聞かれるんですけど、その気持ちは全くありません。心身の健康という意味でスポーツはやってほしいと思いますけどね。それに夫もスポーツ選手なので子どもは運動神経がいいと思われがちですが、だからといってスポーツ選手にしたいかと聞かれたら、そういうことでもないんです。私としては、なにか一つでも自分に自信が持てるものを見つけてほしいなと考えているだけ。それは別にスポーツじゃなくてもいいと思うんですよね。
ただ私自身は水泳があったからこそ今があり、人生も水泳から学びましたので、これからも一生、水泳に携わっていくつもりです。東京オリンピックに出場された故・木原光知子さんが大切にされていたのが「泳縁(えいえん)」という言葉でした。本当に素敵な言葉だなと思いますし、私自身はこれからも、水泳を通じて多くの人と永遠に関わっていきたい。“泳縁”の思いを持ち続けながら、水泳を通じた人のつながりを大切にしていきたいです」
最後に、中小企業経営者へのメッセージを聞いた。
「私自身、今までずっと水泳の世界で生きてきたので、正直に言うとビジネスの世界は分からないことが多いです。でも、中小企業経営者の方々がいるからこそ日本経済が成り立っているわけですし、皆さんの熱意や頑張りの一つひとつが住みよい社会に繋がっているのだと思います。
私は金メダルを獲れたことでメディアなどにも取り上げて頂きましたけど、ビジネスでの活躍はなかなか一般の人たちに見えて来づらいもの。でも、人とのつながりによって成立しているという意味では、どの世界も一緒ではないかと思います。これからも周囲の人々を大切に、感謝をしながら毎日を過ごしていきたいですね」
14歳でオリンピックの金メダルという幸福感と、世間の注目から逃れることができないという絶望感を味わった岩崎さん。その大きすぎる振り幅のなかで揺れ動く感情と向き合い、乗り越えてきたことが、心の強さや優しさ、美しさに繋がっているような気がした。これから指導者として育成するであろう、自身の偉業を上回るような選手の活躍が、今から楽しみでならない。
(取材/2014年7月)
主な成績 | 1991年 日本選手権水泳競技大会 (平泳ぎ200m) 4位 1992年 日本選手権水泳競技大会・五輪選考会 (平泳ぎ100m、200m)2位 バルセロナオリンピック (平泳ぎ200m) 金メダル (400mメドレーリレー) 8位入賞 1996年 アトランタオリンピック (平泳ぎ200m) 10位 |
役職 | 日本水泳連盟 競泳委員 日本水泳連盟 環境委員 |
過去の役職 | 日本オリンピック委員会(JOC)事業広報専門委員 日本オリンピック委員会(JOC)環境アンバサダー |
資格 | |
主な成績 | 日本水泳連盟 基礎水泳指導員 日本赤十字社 水上安全法救助員 日本赤十字社 幼児安全法支援員 |
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