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コラム

シネマでひと息 theater 17
良質な映画は観た人の心を豊かにしてくれるもの。それは日々のリフレッシュや、仕事や人間関係の悩みを解決するヒントにもつながって、思いがけない形で人生を支えてくれるはずです。あなたの貴重な時間を有意義なインプットのひとときにするため、新作から名作まで幅広く知る映画ライターが“とっておきの一本”をご紹介します。

皆さんは学生時代に教わった先生のことを覚えていますか?中には多感でやんちゃな子どもだったがゆえに、ひどく怒られた記憶ばかりよみがえってくるという方もいらっしゃるかもしれません。一方で、恩師から投げかけられた言葉によって、まったく気付いていなかった自分の長所を初めて認識したり、才能を伸ばすきっかけを得たりした人も少なくないはずです。もしかすると、それが今のお仕事にいくらかつながっているというケースもあるのではないでしょうか。今回ご紹介するのは、そんな生徒と教師の交流を時に温かくユーモラスに、かつ社会派の視点を織り交ぜながら力強く描いた実話ベースのメキシコ映画『型破りな教室』。本国では300万人が鑑賞し、2023年における国内ナンバーワンの大ヒットを記録した作品です。

本作の興味深いところは、まず物語の舞台がメキシコの中で最も治安の悪いエリアの1つだという点にあります。麻薬や殺人や貧困が入り乱れたその街では、「学んだこと」がすぐに暮らしを助けてくれるようなケースは皆無に等しく、子どもたちは皆、学校での勉強にまったくもって意義を見いだせていません。それゆえ同校の総合学力は国内最底辺レベルで、教師たちも無気力で保身に徹してばかり。そんな職場へ新たに赴任してきたのがフアレスという名の教師で、とある過去を抱えた彼は、瞳の奥に希望と信念を宿しながらこの学校に新風を吹かせ始めます。すなわち、タイトルにもある「型破りな教室」の開幕というわけです。

知る喜び・学ぶ喜びを自ら見つけ出す

彼の授業には、カリキュラムや授業方針がありません。いわば即興スタイル。初対面の場でも開口一番に「ここは海だ!」「君たちが乗る船は今にも沈みかけようとしている。さあ、生き延びるためにどうする?」と問いかけて子どもたちのイマジネーションをかき立てます。その中で浮上した子どもながらの自由な視点に基づく解決案を糸口に、生徒がそれぞれの興味関心を膨らませていく。そうやって本能的に「知りたい!」と感じた事柄を個々人が率先して調べて、学んで、吸収していける状況をつくり出すのです。もちろんフアレス先生も手助けはしますが、決して一方的な知識の押し付けは行いません。

その役回りといえば、生徒一人ひとりの中に光るものを見いだし、彼らが主体的に学ぼうとする境地へいざなうこと。いわば先導役です。こうして生徒たちは目を輝かせながら自主的に学びへの道を歩み始め、その過程で獲得した知識をクラスメイトみんなで教室の床に車座になりながら発表し、共有し、お互いを高め合っていきます。これが引き金となって彼らの学びへの意欲は急上昇。結果的に、それまで未来に何ら希望を見いだせなかった彼らは学力レベルを飛躍的に向上させ、その中の10人は全国でトップクラスに食い込むほどの成果を挙げたのだとか。これはもう、快挙以上の「奇跡」と言ってもいいでしょう。

もちろん、生徒たちが学んだからといって、彼らが暮らす危険地帯の現状や環境がすぐさま改善されるわけではないですし、この映画は決して夢物語や楽観的な世界を描いているわけではありません。これからも当地で育つ子どもらやその家族には苦難や苦悩、危険が付きまとうはず。しかしながら、フアレス先生の型破りな授業改革が、子どもたちにいわば「思考の翼」を与えたことは確かです。

考えてみてください。自身が無知の壁に直面した時、ただ現状を嘆き、なすすべもないことだと最初から一切の可能性の綱を手放すのか。それとも、自ら率先して疑問や課題を見つけたうえで、効果的な解決方法を模索し、無知を知へ、不可能を可能へと変えようと試みるのか。当然ながら、未来の輝きが感じられるのは後者の姿勢のほうです。

不透明な時代に自ら道を切り開いていく

こうしたことは子どもの学びにとどまらず、私たち大人にも当てはまります。会社や社会において常に自らの興味関心のアンテナを張り巡らせ、その中で問題点を見つけ、それに対する解決策を模索していく。こうしたことを自発的に行えるか否かによって羽ばたき方は大きく変わってくるはずです。部下や後輩などを育成する立場の上司もまた、フアレス先生さながら、主体的に考え抜く自由を与えて伸びしろを引き出しながら、彼らの成長をしっかりと支え、個々の才能を引き出していくべきなのでしょう。

われわれが生きるこの時代は、子どもの頃に考えていた以上に、一寸先がまったく見通せない状況となっています。アメリカにおける新政権の始動によって国際秩序は大きな影響を受けることが予想されますし、日本国内においても、政治、ビジネス、環境、テクノロジーなどの面で大きな風が吹き荒れることは必至でしょう。そんな中で、ただ時代の波にのまれるのではなく、自分なりの翼と指針を持って好奇心旺盛に学び、また正面から問題と向き合い、果敢に道を切り開いて歩んでいく――本作『型破りな教室』を観ていると、そうした姿勢こそが人生における最も大切な生き方ではないかと思えてなりません。

《作品情報》
『型破りな教室』
2023年 / メキシコ / 配給:アット エンタテインメント
監督・脚本:クリストファー・ザラ
出演:エウヘニオ・デルベス、ダニエル・ハダッド、ジェニファー・トレホ
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開中
 
麻薬と殺人が日常と化した、アメリカとの国境近くにあるメキシコ・マタモロスの小学校。生徒たちは常に犯罪と隣り合わせの環境で育ち、教育設備は不足し意欲のない教員ばかりで、学力は国内最底辺だった。しかし新任教師のフアレスが赴任し、そのユニークで型破りな授業で子どもたちは探求する喜びを知り、クラス全体の成績は飛躍的に上昇。そのうち10人は全国上位0.1%のトップクラスに食い込む。
 
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《著者プロフィール》
牛津 厚信 / Ushizu Atsunobu
 
1977年、長崎県生まれ。明治大学政治経済学部を卒業後、映画専門放送局への勤務を経て、映画ライターに転身。現在は、映画.com、CINEMORE、EYESCREAMなどでレビューやコラムの執筆に携わるほか、劇場パンフレットへの寄稿や映画人へのインタビューなども手がける。好きな映画は『ショーシャンクの空に』。

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