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コラム

シネマでひと息 theater 14
良質な映画は観た人の心を豊かにしてくれるもの。それは日々のリフレッシュや、仕事や人間関係の悩みを解決するヒントにもつながって、思いがけない形で人生を支えてくれるはずです。あなたの貴重な時間を有意義なインプットのひとときにするため、新作から名作まで幅広く知る映画ライターが“とっておきの一本”をご紹介します。

「これまでの人生で最高の映画体験は?」と聞かれると、私はいつも学生時代に新宿の映画館で観た『ヒート』(1995)と答えます。この映画はとにかくすごかった。市街地で繰り広げられる警察VS強盗団の銃撃戦の熱量はこちらの予想をはるかに超えるもので、主演を務めた2人の名優アル・パチーノとロバート・デ・ニーロの光と影、炎と氷がぶつかり合うようなドラマ展開にも感無量。上映後は余韻を引きずるあまり、一緒に観た友人と一言も言葉を交わさぬまま、雑踏をただひたすら歩き続けたものでした。

そんな傑作を手がけたマイケル・マン監督の新作長編『フェラーリ』がついに日本公開を迎えます。実はこの作品、構想30年にも及ぶ執念の一作だとか。メジャーな映画会社が一切制作に参加していないにもかかわらず、彼は世界中から出資者を募ってインディペンデントな大作を完成させてしまった。それがこの巨匠の底知れなさであり、誰もが恐れをなす妥協のなさなのです。

フェラーリ創業者の人生から見えてくるものとは?

真紅のスポーツカーを生み出し、カーマニアから神とあがめられたエンツォ・フェラーリの物語・・・と書くと、多くの人は伝記映画を想像するかもしれません。実際に原作本をひもとくとそこには彼の人生が余すところなく記されているのですが、驚くべきことにこの映画は1957年、当時59歳だった彼が体験した激動の1年間のみに焦点を当てて、彼のビジネスにおける危機、私生活のスキャンダルを凄まじい演出手腕で描き出していきます。本当によくぞこれほど鋭い切り口を思いついたものだと、思わず深いため息が出るほどです。

ただ、フェラーリ社の創始者エンツォの人生をしっかりと読み解こうとするなら、「点」のみならず「線」としても、ある程度は歴史の流れを押さえておくとよいでしょう。1898年にイタリア・モデナの金属加工工場を営む一家に次男として生を受けた彼ですが、第一次世界大戦に従軍した兄はチフスにかかって亡くなり、同時期に父も肺炎で死去。これによって家業は倒産し、エンツォは何の地位もコネもなく社会の荒波に放り出されます。さらに彼は17歳で徴兵されたものの胸膜炎で倒れ、粗末な病院でおびただしい数の負傷兵たちが続々と無残に死に絶えてゆくのを目の当たりにしながら、何とか生還を遂げたのでした。

このような地獄を見たからこそ、彼は残された人生を悔いなく自動車への情熱のために捧げようと固く心に誓ったと言われます。そこから自動車会社で見習いとして職を得たのを皮切りに、カーレースの世界へと身を投じ、1920年にはアルファロメオへ移籍してレーサーのみならずマネジャーとしても頭角を現わしていく。つまり彼はサラブレッドとして業界に足を踏み入れたのではなく、底辺から一つずつ階段を上り、自らの世界をつかみ取っていった挑戦者だったのです。

そして第二次世界大戦でイタリアが敗北し、まさに社会構造が激変する新時代にフェラーリ社は誕生しました。その後、破竹の勢いで会社は成長軌道に乗り、レースチームも快進撃を続けるのですが、設立から10年が過ぎる頃、不気味な暗雲が立ち込めます。それが運命の1957年。前年に長男が死去して、妻との間には溝が生じ、別の女性との間に生まれた婚外子の問題が彼をさらに厳しい状態に追いやります。

一方、社の財政は破産寸前にまで悪化し、レースではライバル社が次々と記録を塗り替えていく。この崖っぷちの状況で起死回生を懸けて臨んだのがイタリア全土1000マイルを縦断する公道レース「ミッレミリア」。映画の後半部の見せ場となりますが、これが予想をはるかに超えた壮絶な事態を巻き起こしてしまうのです。

きれい事で終わらせず、偉人の人生を徹底的に描き尽くす

一般的な映画のつくり方としては「エンツォ・フェラーリの偉業をたたえる」という手法があります。これならば波風は立たないし、企業や関係者からも大いに歓迎されるはず。しかし本作はその真逆です。描かれるのはフェラーリ社にとっても、エンツォ本人にとっても傷口に塩を塗り込むように痛く苦しい出来事ばかり。鑑賞中に私は何度か「マイケル・マンよ、そこまでやるか!?」と心の中で叫びました。しかし、とことんリアルに描き尽くすことがマン監督の流儀であり、作法なのです。そうやってこそむき出しの人物像が鮮明に浮かび上がってくるのかもしれません。

結果的に本作が描くこの人生の断面図には、エンツォ・フェラーリの光と影と、そのどちらにも分類できない波乱と混乱が凝縮され、あたかも巨大な曼陀羅(まんだら)を成しているかのよう。特殊メイクを駆使して59歳のエンツォに完全になりきったアダム・ドライバー(『スター・ウォーズ』シリーズのカイロ・レン役などで有名)の演技がこれまたすごみを放ち、近寄りがたくも人々から慕われるというアンビバレントな個性をより強靭に際立たせています。総じて本作は、創業者でありフィールド・プレイヤーでもあるモータースポーツ界の偉人にまつわるエキサイティングな人物研究となっています。『ヒート』とはまた異なる形で人間描写の容赦ない銃弾が降り注ぐ異色作がここに誕生しました。

参考文献:ブロック・イェイツ著「エンツォ・フェラーリ 跳ね馬の肖像」(集英社刊)

《作品情報》
『フェラーリ』
2023年 / アメリカ/ 配給:キノフィルムズ
監督:マイケル・マン
原作:ブロック・イェイツ「エンツォ・フェラーリ 跳ね馬の肖像」
出演:アダム・ドライバー、ペネロペ・クルスほか
7月5日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
 
イタリアのモデナに生まれたエンツォ・フェラーリ。彼はレースドライバー、チームマネジャーを経て、1947年に妻のラウラと共にフェラーリ社を設立する。乏しい資金で製造した最初のマシーンは、6戦目のローマ・グランプリで優勝し、世界のレーサーたちがシートを争う名チームに成長していた。だが設立から10 年が過ぎた1957 年、フェラーリ社は破産寸前の危機に陥ってしまう。
 
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《著者プロフィール》
牛津 厚信 / Ushizu Atsunobu
 
1977年、長崎県生まれ。明治大学政治経済学部を卒業後、映画専門放送局への勤務を経て、映画ライターに転身。現在は、映画.com、CINEMORE、EYESCREAMなどでレビューやコラムの執筆に携わるほか、劇場パンフレットへの寄稿や映画人へのインタビューなども手がける。好きな映画は『ショーシャンクの空に』。

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