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コラム

シネマでひと息 theater 12
良質な映画は観た人の心を豊かにしてくれるもの。それは日々のリフレッシュや、仕事や人間関係の悩みを解決するヒントにもつながって、思いがけない形で人生を支えてくれるはずです。あなたの貴重な時間を有意義なインプットのひとときにするため、新作から名作まで幅広く知る映画ライターが“とっておきの一本”をご紹介します。

この映画コラムも連載開始からもうすぐ2年が経とうとしています。毎回、編集担当のTさんと打ち合わせをしたうえで慎重に作品を選んでいるのですが、今回のように「戦場ドラマ」をご紹介するのは初めてのこと。それも、ガイ・リッチー監督の映画を取り上げる日がやって来ようとは夢にも思いませんでした。

彼の作品は、世界中でセンセーションを巻き起こした長編監督デビュー作『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』(1998)や『スナッチ』(2000)を筆頭に、個性豊かなキャラクターがわんさかひしめき合い、ラストには複雑な方程式を解くかのような爽快な幕切れが待ち構えていて・・・というテイストでおなじみです。てっきり新作も同じようなタイプだろうと予想していたら、これがふたを開けてみるとまったく違う!そして、見終わった私の目にはまさかの涙が。ガイ・リッチーの映画にこれほど熱く感動するなんて、かつてなかったことです。

地の果てで極限状態に陥ってしまう2人

物語の舞台は2018年のアフガニスタン。この地に駐留するアメリカ軍とタリバン勢力が激しい攻防を続ける中、曹長として小隊を率いるジョン(ジェイク・ギレンホール)は、新しく採用されたアフガン人通訳アーメッド(ダール・サリム)と行動を共にすることになります。これまで裏社会で生きてきたアーメッドがこの仕事に志願した目的はただ1つ。見返りとして移住ビザを手に入れること。そうやって家族と共にアメリカで安心して暮らすのを彼は何よりも望んでいるのです。

アーメッドが信用するに足る人物かどうかなかなか確証が持てずにいるジョンですが、それでも裏社会で培った機転の良さと肝の座り方に彼は感心させられます。そして運命の日、小隊はタリバンの爆発物製造工場を発見するものの、敵のすさまじい返り討ちにあって隊員が1人、また1人と命を落としていきます。必死に応戦するジョンも負傷し意識不明に。その刹那、アーメッドは決して逃げ出すことなく、劣勢状態から何とか突破口を切り開き、ジョンの体を携えたまま荒野を何十キロも歩き続け、米軍基地へと奇跡の帰還を果たし―と、これほど内容が豊富でありながら、この時点でまだストーリーの前半に過ぎないのだから驚きです。

目先の損得を超えたところにある関係性とは?

本作が秀逸なのは、後半でクルッと反転して、命を救われた側のジョンの生き様に焦点が当てられることです。というのも、負傷した彼がアメリカに護送されて目覚めると状況は一変していました。本来なら功績をたたえられるべきアーメッドは、ビザが与えられるどころかタリバンに命を狙われ、相変わらずアフガンの地で息を潜めて暮らさなければならない事態に。行方知れずとなった彼を救うため、今度はジョンが、命懸けの行動に出る番がやってきます。友情や絆の物語、そう言えば聞こえがいいし、わかりやすくて簡単でしょう。確かにこれは国籍や肌の色や育った環境もまるで異なる2人が、ある一点において心を通わせ合う作品です。ただし、2人が絆を結ぶのはあくまで結果であって、その過程でいかなる力学が働いたのかについてはもっと深く考えてみる必要があります。

まず、大きな前提として、彼らには仕事上のギブ・アンド・テイクがあった。けれど、ビザ取得などの個人的事情を鑑みても、己のすべてを投げ打ってまで他人の命を救う義務はないはずです。おそらくアーメッドはこういった互恵関係を超えて、目の前で傷つき横たわる男を決して置き去りにはできず衝動的に助けてしまうまでの使命感と人間性を持っていたのだと思います。

アーメッドがもたらした恩恵によって生命をつなぐことができたジョン。しかしこれがもうひとつの感情を生み落とします。アメリカで安全な暮らしを送れている今この瞬間も、アフガニスタンではアーメッドが危険にさらされ続けているのです。ジョンにはこれがたまらなくつらい。与えられた巨大な恩恵を返すことのできない不均衡な現状に彼は苦しみ、悩み抜いた末、彼もまた命懸けの行動に打って出ることでこのギャップを埋めようとします。ジョンはそんな男なのです。相手の底知れぬ人間性に対して、自分も相応の深い人間性で応じる。これによって動かなかった事態は奇跡的に動き始め、この2人が生み出す相乗効果が、やがて涙なくして語れないドラマを巻き起こすことになるわけです。

きっと本作をご覧になった多くの方が、「戦場ドラマ」というジャンルにとどまらない何かしらの普遍性を見いだされるに違いありません。ジョンとアーメッドのような極限状態ではなくとも、“決断の機会”は私たちの日常生活でたびたび訪れるものです。ビジネスやプライベートも同じ。人と人とが損得感情を超えて互いに化学反応を起こしながら結束しあってこそ、困難な状況を切り開き、不可能を可能へと変える大きな成果がもたらされるのではないでしょうか。

《作品情報》
『コヴェナント/約束の救出』
2022年/ アメリカ / 配給:キノフィルムズ
監督・脚本・製作:ガイ・リッチー
出演:ジェイク・ギレンホール、ダール・サリム、アントニー・スターほか
全国公開中
 
2018年、アフガニスタン。イスラム主義組織タリバンの武器や爆発物の隠し場所を探す部隊を率いる米軍のジョン・キンリー曹長は、アフガン人通訳として非常に優秀だが簡単には人の指図を受けないアーメッドを雇う。通訳には報酬としてアメリカへの移住ビザが約束されていた。部隊は爆発物製造工場を突き止めるが、タリバンの司令官に大量の兵を送り込まれ、キンリーとアーメッド以外は全員殺される。
 
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《著者プロフィール》
牛津 厚信 / Ushizu Atsunobu
 
1977年、長崎県生まれ。明治大学政治経済学部を卒業後、映画専門放送局への勤務を経て、映画ライターに転身。現在は、映画.com、CINEMORE、EYESCREAMなどでレビューやコラムの執筆に携わるほか、劇場パンフレットへの寄稿や映画人へのインタビューなども手がける。好きな映画は『ショーシャンクの空に』。

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