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コラム

シネマでひと息 theater 7
良質な映画は観た人の心を豊かにしてくれるもの。それは日々のリフレッシュや、仕事や人間関係の悩みを解決するヒントにもつながって、思いがけない形で人生を支えてくれるはずです。あなたの貴重な時間を有意義なインプットのひとときにするため、新作から名作まで幅広く知る映画ライターが“とっておきの一本”をご紹介します。

突然ですが、「ゴールデンウイーク」という言葉は、毎年この時期が劇場にとってお客さんのかき入れ時となることを意味して、映画業界から生まれたものだそうです。だからこそ例年、ゴールデンウイーク時のラインナップを見ると、各社が自信を持ってお届けする話題作ばかり。中でも、今回取り上げるイタリア映画『帰れない山』は絶品です。カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞していることからも評価の高さがうかがえますが、だからと言って芸術性が高すぎて難解というわけでもありません。むしろ舞台となったモンテ・ローザ山麓の雪解け水みたいに、飲み干した後、何だかすーっと五臓六腑に感動が染み渡っていく――そんな作品です。

この山々に囲まれた地で出会うのは、2人の少年たち。大都市ミラノで育ち、休暇になると両親と共に村のコテージに滞在するピエトロと、生まれてからこの方ずっと自然にまみれて暮らしてきたブルーノです。正反対とも言える生い立ちと境遇ではあるものの、彼らは幼い頃から意気投合し、元気に山々や野原を駆け巡ります。途中、ピエトロは親への反抗期などでしばらく山から足が遠のいてしまうのですが、父の死という決定的な出来事をきっかけに、20年ぶりに懐かしの場所へ戻ったところ、親友ブルーノと再会。そこでピエトロはブルーノに託された父親の遺言を知り、2人の人生が深く交錯していく・・・。

*1つの山を極めるか、周辺を広く巡るか

まず、私が圧倒されたのは、何と言っても大自然の描写でした。どこまでもワイドに連なっていく雄大な景色でありながら、それでいて足元にゴロゴロと石片が転がる荒々しい地形さえしっかりと映像に刻み、主人公たちが息づく舞台を有機的に描き上げていきます。本作では自然が重要な要素となって、主人公だけでなく私たち観客とも、多くの感情を通わせ合うように思えるのです。監督のフェリックス・ヴァン・フルーニンゲンとシャルロッテ・ファンデルメールシュは、本作について「コロナ後における人間と地球との再接続の意味を込めた」と語っていますが、なるほど、この大地の胎動が聞こえてくるような映像に触れると彼らの言葉の意味がよく理解できます。それでいて、2人の男たちがたどる人生はきわめて対照的です。自分が“山の人間” だと信じてやまないブルーノは、酪農家としてずっと村で自給自足の生活を営んでいきます。一方のピエトロは一ヶ所にとどまらず、自分の居場所を探して世界を旅して回る。劇中ではこうした生き方が「九山八海(くせんはっかい)」という古代インド思想になぞらえて語られるのですが、実に興味深い。それによれば、世界は中心にあるシュメール山と、周辺の8つの山や8つの海によって構成されているとのこと。そのうえで、果たして「中心の山にひたすら挑み続ける者」と「周辺の山を広く巡り続ける者」とでは、どちらが生涯のうちに多くのことを学ぶのだろうか、という問いが投げかけられるのです。これは企業経営においても何かしら共通する概念のようにも思えます。1つの専門領域をずっと突き詰めて追究する生き方か、それとも多様な業界や職種を渡り歩きながら経験を深めていく生き方か・・・。いや、選択肢は決してそれだけではないでしょう。現実的に見ると、むしろすべての人や組織は少なからずピエトロとブルーノの両面を持っていて、その場に応じて双方の良さを存分に引き出したり、はたまた互いの弱点を補い合ったりしながら、高くそびえる山の頂きを目指し続けているのかもしれません。

*流れ出す雪解け水が教えてくれること

劇中にもう1つ印象深い描写がありました。まだ幼いピエトロが父と一緒に険しい山を登る際、ふと足を止めて雪解け水で喉を潤します。そこで父は「お前が口にしているのは、100年、いや150年前の雪が溶け出したものなのだ」と語ります。何気ない一場面のように見えますが、映画全体を振り返る時、無性にこの言葉が私たちの胸に響いてくるのはなぜでしょうか?

コロナ禍がようやく収束を迎えつつある現在、あらゆる物事がとてつもないスピードで動き出しています。そんな中で、口にするその水は以前と変わらぬ水のようであっても、氷河が大いなる新陳代謝を繰り返した末に届けられたものであるのを忘れてはいけない気がするのです。企業経営も同じなのかもしれません。先人たちが懸命に築き上げた価値や理念や技術といった遺産があり、それを受け継ぐ側もまた、自分なりに1つの山を極め、もしくは周辺の山々を懸命に巡りながら、“生きた証”をしっかりと刻んでいかねばなりません。たとえその努力がすぐに水となって流れずとも、後世の誰かが喉を潤すであろう未来のビジョンをしっかりと思い描くのは大切なことだと思うのです。

本作『帰れない山』は、かくも人生観や大自然という広大な枠組みで語られる物語だからこそ、観客それぞれの感受性で、さまざまな解釈やメッセージとして受け止めることのできる作品です。きっと誰しもの心に、人生を悔いなく、より意味のあるものに実らせていこうという素直な思いが溢れてくるはず。圧巻の自然描写も含めて、ぜひ映画館でご堪能いただきたい作品です。

《作品情報》
『帰れない山』
2022年 / イタリア・ベルギー・フランス / 147分
監督・脚本:フェリックス・ヴァン・フルーニンゲン&シャルロッテ・ファンデルメールシュ 出演:ルカ・マリネッリ、アレッサンドロ・ボルギほか
2023年5月5日(金)より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国公開
 
都会育ちの少年ピエトロは、両親と休暇を過ごした山麓の小さな村で、「この村最後の子ども」と言われる牛飼いのブルーノに出会った。一見対照的な2人はすぐに親友同士となるが、やがて思春期のピエトロは父親に反抗し、家族や山からも距離を置いてしまう。その20年後、ピエトロは父の訃報を受けて村に戻ってくる。
 
©2022 WILDSIDE S.R.L. RUFUS BV MENUETTO BV PYRAMIDE PRODUCTIONS SAS VISION DISTRIBUTION S.P.A.
 
 
《著者プロフィール》
牛津 厚信 / Ushizu Atsunobu
 
1977年、長崎県生まれ。明治大学政治経済学部を卒業後、映画専門放送局への勤務を経て、映画ライターに転身。現在は、映画.com、CINEMORE、EYESCREAMなどでレビューやコラムの執筆に携わるほか、劇場パンフレットへの寄稿や映画人へのインタビューなども手がける。好きな映画は『ショーシャンクの空に』。

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