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コラム

シネマでひと息 theater 8
良質な映画は観た人の心を豊かにしてくれるもの。それは日々のリフレッシュや、仕事や人間関係の悩みを解決するヒントにもつながって、思いがけない形で人生を支えてくれるはずです。あなたの貴重な時間を有意義なインプットのひとときにするため、新作から名作まで幅広く知る映画ライターが“とっておきの一本”をご紹介します。

時代劇といえば、かつては日本映画の屋台骨を支えるほどの隆盛を誇ったジャンルですが、最近は新作を目にする機会も随分減ってしまいました。しかし、約10年続いた『るろうに剣心』シリーズや、木村拓哉主演の『レジェンド&バタフライ』が多くの観客を動員している様子を目にすると、このジャンルもまだ死んではいないのだなと思い知らされます。魅力的なキャスト、スタッフ、それに観客へ訴えかけるテーマとストーリーがあれば、まだまだ戦える。今回ご紹介する『大名倒産』も、そんなつくり手の思いとこだわりが聞こえてくるかのような作品です。

*借金100億円!崖っぷち藩を救うための奇策とは⁉

倒産―経営者の方であれば、ちょっとびっくりしてしまう言葉ですよね。しかも江戸時代の大名が倒産だなんて、一体どういうことなのでしょうか?この一大事に直面するのは越後・丹生山藩の家督を継いだばかりの若きお殿様、松平小四郎。実は彼、自分が大名の生まれだと聞かされぬまま少年時代を過ごした若者で、ある日、いきなり自宅前に大行列が現れ「お迎えに参りました!」と平伏されてしまう。序盤はその小四郎の「ええっ!」「ええええ~っ!」という絶叫がこだましっぱなしですが、演じる神木隆之介の新鮮かつ爽やかな存在感がなんとも心地よく、何度もほほえんでしまうこと請け合いです。

しかし、このシンデレラボーイにはすぐさま試練の時が訪れます。藩の懐事情について尋ねても、誰もが「殿はお気になさらず」と口を閉ざしてしまう。そのうえ、江戸城へ上がると、幕府の重鎮から「献上金がまだ届いていないのだが」と小言を言われる始末。よくよく調べてみると、藩は蔵がスッカラカンどころか、方々への借金が100億円くらいあって、なんとも首が回らない状態であることが判明します。隠居生活を送る先代藩主・一狐斎(佐藤浩市)は計画倒産ならぬ大名倒産という禁じ手を使ってこの難事を乗り切ろうとするのですが、となると、すべての責任を被る現藩主の小四郎には切腹のリスクが・・・。藩のために死ぬのか。それとも無謀ではあるけれど、借金返済のために全力で駆けずり回るのか。もうここまでくると、彼の立場はお殿様どころか、現代に生きる経営者さながらです。

*庶民感覚を駆使して“一歩ずつ”踏み出していく

聞くところによると、江戸時代にはこのように大名が借金まみれになっても、「お断り」という御触れを出せば帳消しになったのだとか。しかし、庶民からするとこれはあまりに理不尽な仕打ちです。と、ここで大名の血を引きながらも、育ちは庶民の小四郎の人間性が生きてきます。おかしなことに対して素直に「ええっ!?」と反応できて、庶民感覚で「おかしい」と感じられるかどうか。新たな潮流はまずそこから一歩ずつ始まっていくのです。

また、興味深いのは、藩が抱える慢性的な病状に関しては一狐斎も重々認識していたらしいということ。なんとか対処しなければと思いつつも、彼はかたくななまでに他人を信用せず、なかなか腹のうちを明かしません。でも小四郎は違う。お殿様としてはまだ右も左もよくわからない彼ですが、だからこそ人に率先して頭を下げられるし、ストレートに思いを伝えられる。家臣たちと同じ目線で、時には相手を呼び捨てではなく「さん」付けして尊重しながら、誰もが気兼ねなくアイディアを出し合える関係性を築いていきます。それでいて、共感力に長けた小四郎は、一人ひとりにきちんと目を配ってフォローアップしていくことも忘れない。藩をあげての“全員野球”を展開するにあたって、こうしたリーダーとしての資質こそ不可欠のものだったと言えるでしょう。

*変革の時代に求められるリーダー像

その結果、彼が大々的に実践するのは、徹底した節約生活。不用品の売却やリサイクル。さらには糞尿の有効活用(この辺りがとてもSDGs!)や、地元を潤すための特産物の増産強化・・・などなど。そして「困った時こそ帳簿に戻れ」とでも言うかのように、藩の歴史においていかにして借金がかさんでいったのか、膨大な帳簿に向き合って財政の欠陥を追求しようとします。こういった構造改革を、眉間にシワを寄せてではなく、皆の長所を結集させながらワイワイとやってのけてしまう。その姿がなんともにぎやかで楽しくて愛らしいのです。

本作『大名倒産』は浅田次郎の人気小説が原作ですが、かつて池井戸潤作品(ドラマ『半沢直樹』『下町ロケット』)を手がけた脚本家陣が筆を振るっていることもあり、胸に訴えかけてくるテーマ性と描写タッチは実に現代的。何よりもやはりメインとなるのは小四郎のキャラクターであり、彼はまさに変革の時代だからこそ現れた唯一無二の存在です。皆を笑顔にしつつ、事の本質を柔軟に見抜き、しかも人として信用できるその器。時代劇でありながら、ここに描かれているのは、令和のいま必要とされる“新たなリーダーの形”なのかもしれません。

《作品情報》
『大名倒産』
2023年 / 日本 / 配給: 松竹
監督:前田哲 脚本:丑尾健太郎、稲葉一広 原作:浅田次郎「大名倒産」(文春文庫刊)
出演:神木隆之介、杉咲花、松山ケンイチほか
6月23日(金)より全国公開中
 
越後・丹生山(にぶやま)藩の鮭売り・小四郎はある日突然、父・間垣作兵衛から衝撃の事実を告げられる。なんと自分は、〈松平〉小四郎—徳川家康の血を引く大名の跡継ぎだというのだ。庶民から一国の殿様へと華麗なる転身を遂げるかと思ったのもつかの間、実は丹生山藩は借金100億円を抱える訳あり藩だと判明する。
 
© 2023映画『大名倒産』製作委員会
 
 
《著者プロフィール》
牛津 厚信 / Ushizu Atsunobu
 
1977年、長崎県生まれ。明治大学政治経済学部を卒業後、映画専門放送局への勤務を経て、映画ライターに転身。現在は、映画.com、CINEMORE、EYESCREAMなどでレビューやコラムの執筆に携わるほか、劇場パンフレットへの寄稿や映画人へのインタビューなども手がける。好きな映画は『ショーシャンクの空に』。

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