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コラム

シネマでひと息 theater 5
良質な映画は観た人の心を豊かにしてくれるもの。それは日々のリフレッシュや、仕事や人間関係の悩みを解決するヒントにもつながって、思いがけない形で人生を支えてくれるはずです。あなたの貴重な時間を有意義なインプットのひとときにするため、新作から名作まで幅広く知る映画ライターが“とっておきの一本”をご紹介します。

新たな年の幕開けです。その一発目に、暗くて深刻な映画は似合いません。できれば明るくて、底抜けに楽しめて、なおかつこれからの道行きを明るく照らしてくれる景気の良い物語を味わいたいもの。そういったベストな作品がないものか探していると・・・ありました!! 新年早々、気分が高揚して元気が湧き上がるような一本が。その名も『ドリーム・ホース』。これが本当にタイトル通り、夢をつかみ取るような内容なのですが、決して絵空事ではなく、実話をベースにしているのだから驚きです。

*1人の主婦が起こした夢のような本当のお話

舞台となるのはイギリス・ウェールズの谷あいの町。かつて栄えた産業は衰退して、住民たちはどこか元気がなく、生活に張り合いもなく、高齢者たちばかりが肩を落として歩く姿が目につきます。魂を輝かせ、心を高鳴らせるような要素などどこにも見つからず、未来においてそれが手に入る見込みもありません。そんな現状を打ち破ろうと行動したのは1人の主婦・ジャン(トニ・コレット)でした。親の介護とパートの掛け持ちで毎日ぐったり疲れてただ眠るだけの日々を送っていた彼女は、ある日、競走馬を育てることに興味を抱きます。自分1人だけでは資金も経験も足りない。でも村のみんなに呼びかけて、共同馬主になってくれるのであれば、それは実現可能かもしれない――。いざ説明会を行うと次から次へと参加希望者がやってきます。誰もがジャンと同じく、日常の中で心がグッと高鳴るものを求めていたのです。そして手に入れた競走馬は「ドリームアライアンス(夢の同盟)」と名づけられ、これが誰もが予想だにしなかった奇跡の快進撃を始めます。

ウェールズといえば、いわゆるイギリスを構成する4つの国(カントリー)の1つ。自分たちの歴史や文化に対する誇りは高く、それでいて歌を愛し、家族を愛し、自然を愛し、ビールを愛し、感情豊かという国民性でも知られます。映画でいうと『ウェールズの山』(1995)、『パレードへようこそ』(2014)などが有名ですが、多くの人が真っ先に思い浮かべるのは、アカデミー賞監督賞を4度受賞した巨匠ジョン・フォード監督の名作『わが谷は緑なりき』(1941)ではないでしょうか。この映画の物語の舞台は19世期末の南ウェールズで、かつて炭鉱と共にあった家族の喜びと悲しみが叙情性深く描かれています。「かつて栄えた村」「谷あい」が舞台という点も『ドリーム・ホース』と少なからずつながりがあると言えるのかもしれません。はたまた、イギリスには『ブラス!』(1996)、『フル・モンティ』(1997)、『リトル・ダンサー』(2000)といった、衰退する産業を背景に、それでも屈しない人間性を、ユーモアを交えながら大いに称え、世界的にもヒットを飛ばした珠玉の名作群があります。『ドリーム・ホース』は間違いなくこの系譜にも属し、見れば同様の感動と後味の良さをかみしめることができるはずです。

*心に気力と活力を宿し、活性化していく地域社会

私がこの映画に引かれたのは、何といっても主人公の主婦・ジャンが発案した画期的なアイディアでした。「共同馬主」とはいえ、賛同者が負担するのは週に10ポンドずつ。これだけで円卓に加わって誰もが平等に議論に参加することができる。ちょうど1回分の映画料金と同じくらいの金額ですし、パブでちょっとお酒の量を控えれば事足りる手頃な額でもあります。これで、レースでもうけて賞金を山分けしようと持ちかけるのであればちょっとうさんくさいですが、あくまで彼らの目的はレースの賞金ではなく、“hwyl(ホウィル)”とも呼ばれるもの。日本語に訳すると、「心と気力の高揚」といったところでしょうか。まるでわが子のように馬に愛情を注ぎ、レースに出走する姿に感動し、「行け!追い抜け!」と歓声を上げ、ゴールとともに拳を高く突き上げる――それだけで彼らには生きる希望と目標、団結力、いや何より、とてつもない瞳の輝きが生まれていきます。その愛馬が快進撃を重ね、いつしかウェールズ最高峰のレースに出場するとなれば、熱狂はなおさら。こうして感動は人から人へと波及し、ひなびていたコミュニティが活気を取り戻していくのです。

これはウェールズの小さな村に限った奇跡などではなく、ある意味、一つひとつの企業やビジネスが理想とすべきところなのかもしれません。すなわち、人々に愛されるサービスや製品を精魂込めてつくり上げ、はたまた会社の宝となるような新たな人材を大切に育てていく。そして単なる利益の追求にとどまらず、地域全体が“hwyl”を感じて共に活性化できるような、掛け替えのない価値を創出していく――。

2023年が果たしてどんな年になるのか誰にも的確な予想などできませんが、いつも心に熱い胸の高まりが脈打つのを感じながら、一瞬一瞬を力強く疾走していきたいものです。新春一発目、この映画が読者の皆様に爽やかな感動と活力をもたらしてくれますように。

《作品情報》
『ドリーム・ホース』
2020年 / イギリス / 114分 / 配給:ショウゲート
監督・ユーロス・リン
出演:トニ・コレット、ダミアン・ルイスほか
2023年1月6日(金)より新宿ピカデリーほか全国新春ロードショー
 
英ウェールズの小さな村。主婦・ジャンは、夫と2人暮らしでパートと親の介護だけの 平凡な毎日を送っていた。馬主経験のあるハワードの話に触発されて競走馬を育てることを思いついた彼女は、村の皆に共同で馬主となることを呼びかける。「ドリームアライアンス」と名付けられた馬は、奇跡的にレースを勝ち進んでいく。
 
© 2020 DREAM HORSE FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION
CORPORATION
 
 
《著者プロフィール》
牛津 厚信 / Ushizu Atsunobu
 
1977年、長崎県生まれ。明治大学政治経済学部を卒業後、映画専門放送局への勤務を経て、映画ライターに転身。現在は、映画.com、CINEMORE、EYESCREAMなどでレビューやコラムの執筆に携わるほか、劇場パンフレットへの寄稿や映画人へのインタビューなども手がける。好きな映画は『ショーシャンクの空に』。

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