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自然が授ける言葉を紡ぐ農民詩人<br />
生涯、くわとペンを握り続ける<br />

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自然が授ける言葉を紡ぐ農民詩人
生涯、くわとペンを握り続ける

詩人 武西 良和

PROFILE

1947年生まれ、和歌山県海草郡紀美野町出身。和歌山大学教育学部卒業後、小学校に国語教師として勤務。30代の頃から詩作を始め、校長時代には自作の詩を校長室の前に貼り出し、それを通じて子どもたちと交流していた。退職後の2010年から農業を始め、農作業を創作の源として詩作を続けている。詩集『メモの重し』『鍬に錆』『遠い山の呼び声』など著書多数。個人詩誌「ぽとり」も発行。日本国際詩人協会賞2019優秀賞、第67回農民文学賞などを受賞。


 

30代から詩作の道へ

インタビュアー 狩野 恵輔

狩野 農業をしながら詩作を続け、多数の著書を出版されている武西良和さんにお話をうかがいます。武西さんは現在の和歌山県紀美野町高畑のご出身とのことですが、私の故郷の群馬県赤城村も緑が豊かですので大変親近感が沸きました。

武西 私も子どもの頃は畑の手伝いをしたり野山で遊び回ったりしていましたよ。詩や本とはほとんど無縁の子ども時代でしたが、学校で多くの魅力的な先生方に出会い、それをきっかけに教師を志すようになったんです。和歌山大学の教育学部を卒業した後は、県内の小学校に国語教師として赴任しました。そして、6年生のクラスの担任になったあるとき、保護者の方々から校内用の新聞に載せる原稿を依頼されたんです。

狩野 それが詩作を始めるきっかけになったのでしょうか?

武西 そうなんです。そのときには短歌のような短い文章を書きました。書いている時には意識していなかったのですが、完成した文章を読み返してみると、「これはちょっと普通の文章ではない」と手応えを感じたんです。そこから詩作に取り組むようになりました。それが30代の頃ですね。

狩野 偶然の依頼が詩人としての活動の入口となったわけだ。

武西 その後小学校の校長時代には、毎月校長室の前に自作の詩を掲示していました。すると、子どもたちが感想を寄せてくれるようになったんです。子どもらしい率直な感想や、自作の詩を書いてくれる子もいて。詩を通じて子どもたちと交流できるのが非常に楽しかったですね。

 
 

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