コラム

日頃、私のような映画ライターは、映画館をギュッと小さくしたサイズの試写室と呼ばれる空間で新作をいち早く鑑賞し、「これはぜひ紹介したい!」と心から思える作品を探します。そんな試写室のいくつかは都内の銀座エリアに点在するのですが、本作『木挽町のあだ討ち』を見た帰り道ほど辺りが輝いて見えたことはありません。というのも、物語の舞台となる木挽町は、昭和26年まで実際にこの銀座一帯に存在していた土地だから。ふと目を閉じると、行き交う外国人観光客のざわめきがまるで江戸の活気のように感じられ、人波をかき分けた先に、歌舞伎の芝居小屋「森田座」が、どんと姿を現す――そんな錯覚に陥るのです。
大勢の目撃者の前で起こった仇討ちの真相とは
本作で最初の大事件が巻き起こるのもまさにここ。芝居終わりで人々がごった返す中、鮮やかな赤い着物姿の女性が1人のヤクザ者を呼び止め、艶かしい仕草で森田座の裏手へ誘います。かと思うと、すぐさま着物を脱ぎ捨て、中から白装束の凛々しい若侍が登場。彼は「父の仇!覚悟!」と高らかに声を上げ、いわく付きの相手に真剣勝負を挑みます。その結果、大勢の見物人の眼前で首を取り、ついに思いを成就させるのですが、さあ、ここからが本題です。果たして世を揺るがせた仇討ちの裏側にはいかなる事情とからくりが潜んでいたのか。その真相を探るため、事件から1年半後の江戸を訪れるのが、遠山藩からやって来た田舎侍・加瀬総一郎(柄本佑)です。人の懐にスルスルと入り込む傾聴のうまさと、飄々としているようで抜け目のない彼の眼差しが少しずつ、あの夜の輪郭を浮かび上がらせていきます。
いやはや、これが非常におもしろかった。珍しく、思いきり大満足の溜息をついてしまったほどでした。ネタバレ厳禁の物語ゆえ事件の核心に触れることはできませんが、本作には思いのほか現代に生きる我々の心を巧妙に射抜く数々のテーマが秘められているように思います。その1つが、森田座という場の存在です。ここはまるで独立した会社組織のようで、役者、脚本を書く立作者、客を呼び込む木戸芸者、立師、衣装方、小道具方・・・役割は細かく分かれ、食事をする場所も、汗を流す風呂も備えられています。それに舞台下には、上演中に「あっ!」というような大転換をもたらす「奈落」と呼ばれる場所まである。1つの共同体、1つの世界として成立している森田座。総一郎が話を聞く相手は、皆この森田座に関わる人々です。彼らはそれぞれの持ち場で、芝居という芸術を成立させる歯車としての誇りを胸に、日々を生きています。
逆境から踏み出したアウトサイダーたち
しかし、彼らが最初から率先して森田座に身を置いていたかというと、それは違います。総一郎が知るのは、誰もがやむにやまれぬ事情を抱え、元いた場所に別れを告げ、理不尽と折り合いをつけながら生き抜いてきた軌跡。例えば、客を呼び込む一八(瀬戸康史)は吉原生まれゆえに、この世の不条理を嫌というほど見てきた人物だし、立師の与三郎(滝藤賢一)は、武士の出でありながら、その世界に疑問を抱かざるを得ない出来事を経験している。立作者の金治(渡辺謙)もまた、ある事情から刀を捨て、芝居の世界へと飛び込んだ変わり者です。
そして何より、仇討ちを志す若侍の菊之助(長尾謙杜)は、非常に複雑な運命と「武士の掟」というしがらみによって身動きが取れなくなっています。というのも当時、仇討ちは一度藩に認められれば、成し遂げるまで帰藩すら許されないほど厳しいものだったとか。こうした制度や慣習、不条理が幾重にも立ちはだかる江戸社会の中で、登場人物たちは皆、「こんなの間違っている」という違和感を抱えながら答えを探し、やがて森田座という場所へと引き寄せられてきたアウトサイダーたちなのです。
ただ、彼らは力ずくで世界を変えようとはしません。ルールに縛られない場所にいるからこそ見えてくる、別の可能性を探し続ける。自分たちだからこそ動かせる歯車を見極め、噛み合わせ、解決策を手繰り寄せていくのです。その原動力は、「別解」を思い描くイマジネーションです。古い常識から脱却して別の未来を構想するのが想像力の為せる技なら、芝居小屋という人々が泣き笑う殿堂の根源にあるのも創造力の魔法。これらは信じる力が強靭であればあるほど、大きなうねりとなって人々を結集させます。その時、個々の力や才能は「奈落」に仕込まれた装置のように連動し、不条理な世の中に光を差し込ませ、思わぬ形で不可能を可能にしていきます。
たかが絵空事と人は言うかもしれません。しかし既存の価値観に縛られない場所に身を置くことで、思いもよらぬ解決策に辿り着く――そんな経験は、現代のビジネスの現場にも決して無縁ではないはずです。混迷を深める今だからこそ、壁にぶつかったとき、立ち止まりそうになったときに、この200年前の森田座の物語に身を寄せてほしい。想像力と創造力によって道を切り開いていく。その力強い勇気が、きっと背中を押してくれるはずです。
『木挽町のあだ討ち』原作:永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』(新潮文庫刊) 監督・脚本:源孝志 出演:柄本佑 渡辺謙 企画協力:新潮社 配給:東映 2026年2月27日(金)全国公開 ある雪の降る夜、芝居小屋のすぐそばで美しい若衆・菊之助による仇討ちが見事に成し遂げられた。その事件は多くの人々の目撃により美談として語られることとなる。1年半後、菊之助の縁者と名乗る侍・総一郎が「仇討ちの顛末を知りたい」と芝居小屋を訪れるが・・・。菊之助に関わった人々から事件の経緯を聞く中で徐々に明らかになっていく事実。果たして仇討ちの裏に隠されたその「秘密」とは。そこには、想像を超える展開が待ち受けていた――。 Ⓒ2026「木挽町のあだ討ち」製作委員会 Ⓒ2023 永井紗耶子/新潮社 《著者プロフィール》 牛津 厚信 / Ushizu Atsunobu1977年、長崎県生まれ。明治大学政治経済学部を卒業後、映画専門放送局への勤務を経て、映画ライターに転身。現在は、映画.com、CINEMORE、EYESCREAMなどでレビューやコラムの執筆に携わるほか、劇場パンフレットへの寄稿や映画人へのインタビューなども手がける。好きな映画は『ショーシャンクの空に』。 |
『木挽町のあだ討ち』
牛津 厚信 / Ushizu Atsunobu