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コラム

編集部のおすすめスポット探訪記 Report:13 黄金湯
訪れることでリフレッシュできる、あるいは仕事に生かせるヒントやアイデアが得られるスポットを紹介する連載企画。第13回となる今号では、JR錦糸町駅(北口)から徒歩6分の銭湯「黄金湯」をご紹介したい。1932年に創業された「黄金湯」は、2018年に前オーナーから新保夫妻の手に引き継がれ、2020年にフルリニューアルを果たした。モダンな建築デザインに加えて、お宿やカフェ、DJブースの設置、自社醸造のクラフトビールの提供といった独自のサービスを導入し、従来の銭湯のイメージを大きく刷新。今では地域の人々に親しまれるだけでなく、国内外からも多くの人が訪れる人気銭湯となっている。店主の新保朋子氏に、革新的な取り組みの背景にある思いや、銭湯が持つ魅力とその役割についてお話をうかがった。

 
――黄金湯様は1932年創業という、長い歴史を持つ銭湯です。新保様が引き継がれたのは2018年とのことですが、その経緯をお聞かせください。
 

▲ リニューアル以前はあつ湯1種類のみだったが、現在は、36℃の炭酸泉、40℃の薬湯、43〜44℃のあつ湯をそろえ、幅広い世代が楽しめるお風呂になっている。男女の浴場にまたがる銭湯絵は漫画家・ほしよりこ氏による直筆の墨絵

新保 夫の実家がここから徒歩5分の場所にある「大黒湯」で、夫が2012年に3代目として継ぎ、私も運営に携わることになりました。当初は厳しい経営状態でしたが、露天風呂をつくったり、オールナイト営業を始めたりと工夫を重ねるうちに、お客様が少しずつ増えていったんです。その経験から「銭湯は衰退産業と言われているけれど、工夫次第で人に喜んでもらえる場になる」と実感しました。ちょうどその頃、黄金湯の先代が高齢で廃業を考えていると聞き、私たちが手を挙げて引き継ぐことになったんです。
 
――そして2020年、黄金湯様は全面改修工事を経て、リニューアルオープンを果たされました。現在では、モダンな建築デザインも大きな特徴の1つですね。
 

▲ 番台の上にあるのは、黄金湯を象徴する「大提灯」。お風呂上がりには、奥のスタンドで自社醸造の生ビールを楽しめる

新保 リニューアルにあたっては、若い世代や海外からのお客様にも銭湯文化の魅力を届けたいと考え、「グローカル銭湯」というコンセプトを掲げました。既存の枠にとらわれない新しい銭湯をつくるため、クリエイティブディレクションはアーティストの高橋理子さん、内装設計はスキーマ建築計画の長坂常さんにお願いしました。また、銭湯絵は漫画家のほしよりこさん、「お~い」と書かれた脱衣所の大暖簾は美術家の田中偉一郎さんに手がけていただいたんです。最初は「雰囲気を変えすぎると受け入れてもらえないのでは」という不安もありましたし、改修費用は億単位にのぼるため失敗すれば一家共倒れというプレッシャーもありました。それでも最終的には「挑戦する姿勢を伝えることが大切」と考え、思い切ってほぼ全面的に刷新しました。ただ、昔ながらの銭湯の面影も残したくて、桶と靴箱、そしてあつ湯はあえて引き継いでいます。その結果、20~40代のお客様が大幅に増え、半数は地域外から訪れてくださるようになりました。海外からのお客様も多く、来客数はリニューアル前の6倍以上に増えました。
 
――銭湯文化を残すために、あえて大胆に変革されたのですね。その後はクラフトビールの自社醸造や、2階でのお宿、カフェの運営など、従来の銭湯にはないサービスを展開されています。こうした新しい取り組みはどのような発想から生まれたのでしょうか?
 

▲ 銭湯の壁越しに男女が互いに声をかけ合う、昔ながらの風景を表現した大暖簾[写真左上]、国産ヒバ材と麦飯石を使用したオートロウリュサウナ[写真右上]、水温13℃、深さ90cmの大水風呂[写真左下]外気浴スペースからは空が見える[写真右下]

新保 「こんなものがあったらいいな」と自分たちが感じたことを一つひとつ形にしている部分が大きいです。クラフトビールも最初は神奈川の酒造メーカーさんから仕入れて提供していましたが、「いつかは自分たちでつくったものをお客様にお出しできたらいいよね」と夫や高橋さんと話していたんです。「お客様により幸せな時間を過ごしていただきたい」というのが私たちの根底にある思いですし、自社醸造は長年の夢でもありましたから、実現できたときは本当に感慨深かったですね。2階のスペースについては、他社さんに貸す選択肢もあったと思います。ただ私たちは、自社でカフェやイベントを展開することで、1階の銭湯と2階をつなげ、建物全体を1つの空間として活用したいと考えました。そうすることで、銭湯文化をより魅力的な形で体験していただけるのではないかと思っています。
 
――銭湯は地域コミュニティとも深く結びついています。地域企業とのコラボも積極的に行われているそうですね。
 

▲ レコードを流し始めたのは、レコード好きのスタッフがきっかけだったという。レコードを通して若者世代と年配の顧客との会話が弾んでいる光景を見て、銭湯と音楽の相性の良さを感じ、リニューアルの際にはDJスペースを設けたのだそうだ。入り口だけではなく、浴室や2Fのラウンジにも同じ音楽が流れ、空間全体に一体感を与えている

新保 はい。リニューアル5周年を記念して、墨田区の老舗Tシャツメーカー・久米繊維工業さんとオリジナルTシャツを制作しました。5周年記念イベントでは松山油脂さんや大川硝子工業所さんといった地元企業様にもご協力いただきました。また、今年9月には「SSS(すみだ・銭湯・サウナ)プロジェクト」を立ち上げ、イベントやスタンプラリー、温浴マップの配布などを通じて、銭湯やサウナを軸に墨田区の魅力を発信しています。
 
――精力的に活動されている背景には、銭湯文化を残したいという強い思いがあると感じます。
 
新保 そうですね。コロナ禍や東日本大震災を通して「銭湯は人の役に立てる場所なんだ」と実感したんです。コロナの時にはあるお客様から「自宅にこもって気持ちが滅入っていたけれど、銭湯に来て人と一緒にお湯に浸かることで安心できた」と言っていただきました。また、震災の際には、原発の現場に向かうお客様が「ここでお風呂に入ったから福島で頑張れる。帰ったらまた入りにくるよ」と声をかけてくださったんです。そうした経験から「銭湯だからこそ果たせる役割がある」と改めて感じました。
 
――お話をうかがい、銭湯がかけがえのない場所だということを再認識しました。では最後に今後の展望についてお聞かせください。
 
新保 現在、新宿にある「金沢浴場」を引き継ぎ、来春のオープンに向けて改装を進めています。新宿という立地もあり、より多国籍なお客様が訪れるでしょうし、24時間営業にも挑戦したいと考えています。「グローカル」というコンセプトのもと、銭湯の価値や魅力を広め、より多くの方に幸せな時間を提供できるよう、これからも挑戦を続けていきます。
 

取材・文:坪井 萌子
写真:坂本 隼

 

Focus!
黄金湯には、かつて薪でお湯を沸かしていた頃の名残がある。外気浴スペースから空を見上げると、「黄金湯」と書かれた煙突が目に入る。その存在は、往時の面影を今に伝えるシンボルでもある。大水風呂があった場所は、かつて薪置き場で、ボイラーが設置されていたため、天井に煤の跡が残っているのだという。こうした歴史の痕跡に思いを馳せながらサウナを楽しむのも一興だ。
 
 
黄金湯・店主
新保 朋子
 
1932年創業の銭湯「黄金湯」を2018年に夫の卓也氏と共に引き継ぐ。2020年、全面改修を経て「グローカル銭湯」をコンセプトにリスタート。若い世代や海外からの来訪者にも銭湯文化の魅力を届けるべく、現代的かつ地域密着型の銭湯づくりを行っている。
 
黄金湯
【所在地】
〒130-0012 東京都墨田区太平4-14-6
【営業時間】
平日・日曜・祝日 6:00-9:00 / 11:00-24:30
土曜日 6:00-9:00 / 15:00-24:30
【定休日】第2・第4月曜日
【URL】 https://koganeyu.com/

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