コラム

キャンプやサバイバルに関するアウトドアスクールを主催しているイナウトドア合同会社の森豊雪代表が、アウトドアの魅力をお伝えする連載コラム。春から初夏に移行する今は、ビーチでのアウトドアを楽しむには最良の時季だと言える。夜明け前から日が暮れた後の時間帯に至るまで、日差しが心地良い5月にビーチで快適に過ごす方法を、アウトドアを熟知した筆者が詳細にレクチャーする。
1人の時間を深く味わう、成熟したソロキャンプ
5年前、「1人で自由に過ごせる」という魅力に心を動かされて、私はソロキャンプについてのコラムを書いた。当時は、誰にも気を遣わず、予定に縛られず、自分の好きなように過ごせるその“自由さ”に心から魅了されていた。朝から焚き火を眺めて、気の向くままにコーヒーを淹れ、本を読んで、夕方には空を見上げて1日を終える・・・当時は以前の会社を退職して間もない頃であり、1人で事業を始めたばかりでもあった。そんなタイミングでの「誰のものでもない時間」は、当時の私にとっては新鮮な発見だった。
しかし今、あらためて1人で自然の中に身を置くと、その自由さの奥にある、もっと静かで深い魅力に気付くようになった。ただ自由にするだけでなく、「一人の時間をどう味わうか」「その時間に何を感じるか」が大切だ。自由さに魅了され、それから更に歳を重ねた今だからこそ、その問いに向き合いたいと思うようになったのだ。
自然の中で1人になった時、まず感じるのは「沈黙」だ。都会では決して味わえない“音のない時間”が流れる。「沈黙」といっても何の音もない世界ではない。聞こえるのは風の音、焚き火のパチパチという音、鳥の声、そして自分の呼吸だけ。はじめはその静けさに戸惑いすら覚えるが、しばらくその場に身を委ねていると、やがて心の中にも同じ静けさが満ちてくる。
私は最近、あえて「何もしない時間」をキャンプの中に組み込むようにしている。キャンプをすると、せっかくのキャンプだからと、とにかく何かの予定を詰め込んでしまいがちだ。そのようなことは考えず、道具をいじるでもなく、写真を撮るでもなく、ただ焚き火の炎を見つめて座るだけの時間を設けるのだ。唯一行う動作と言えば、湯を沸かし、ゆっくりとコーヒーを淹れる。ただそれだけの動作なのに、不思議と心が整ってくるのを感じる。都会ではどうだろうか。夜遅くまで車の走る音が響き、人々が行き交う。笑い声や話し声が絶えるのは夜明け前の僅かな時間だけしかないのではないか。それが、本来の人間の生きる生活のリズムだったのだろうか。
都会から離れて、話を森の中に戻そう。特に秋が近づく9月のキャンプでは、空気が少し澄んでいて、夜の訪れが早い分、静けさがより深く感じられる。暗くなったら自然と眠くなるし、朝も日の出と共に目が覚める。人間も本来は自然のリズムの中で生きていたのだと、肌で感じる瞬間だ。
夜、ふと空を見上げると、満天の星が広がっている。都会ではなかなか出合えないような深い夜空と、その中に瞬く星々。焚き火の火を少し弱め、ランタンを消してその暗さを感じながら見上げると、自分がいかに小さな存在かを思い知らされる。同時に、その小ささを受け入れられる心の余裕が、自然の中では芽生えてくる。
また、1人時間の醍醐味は「比べなくていいこと」だと思う。他人のキャンプと比べる必要がない。映える道具や料理もいらない。派手なアクティビティがなくても、ただ自分の感覚に忠実に過ごす。それが大人のアウトドアの楽しみ方なのだと感じるようになった。
何をするかより、どう感じるか。誰といるかより、自分がどう在るか。そうした価値観の変化が、ソロキャンプの過ごし方を変えた。年齢を重ねると、忙しさの中で「自分だけの時間」はどんどん希少になる。だからこそ、そのひとときを丁寧に味わおうとする気持ちが自然と湧いてくるのかもしれない。
そして何よりも、ソロキャンプは“内なる対話”の場になる。普段は見過ごしている感情や思考が、ふと浮かび上がってくる。悩んでいたことが自然と整理されたり、自分でも気付いていなかった欲求に気付かされたり。自然は語らない。でも、だからこそ、自分自身の声がよく聞こえるようになるのだ。
5年前の私は、ソロキャンプを“自由になるための手段”として捉えていた。今の私は、それを“自分を整えるための場”として感じている。自然の中で、誰にも気を遣わず、自分に正直になれる時間──それは忙しい日常を過ごす大人にとって、何よりの贅沢なのではないかと思う。
1人で過ごす時間は、ともすれば寂しさを感じることもある。しかし、それは決してネガティブなことではない。1人で過ごす寂しさを知るからこそ、人の温かさにも気付けるし、自分の内側にも静かな灯を見つけられる。
更に年齢を重ねた今だからこそ、本当の意味で味わえるソロキャンプがある。自然と1対1で向き合い、自分のペースで、自分の言葉で、自分の気持ちを見つめる時間。誰かに見せるためでもなく、誰かに評価されるためでもない。ただ、自然の中で「自分として在る」ことを受け入れるためのアウトドア。
そんな時間を持てるようになった今、自分の中でソロキャンプの意味は、かつてとはまるで違う深さを持っていると感じている。自然と向き合うということは、結局のところ、自分自身と向き合うということなのかもしれない。そしてその行為が、思っている以上に自分を癒やし、励まし、明日を静かに支えてくれている。
そんなことに少しでも興味を持った方がいらっしゃれば、ソロでのキャンプをお勧めしたい。時間的に泊まることが難しい場合なら日帰りでもぜひ味わってもらえればと思う。

森 豊雪 学業修了後はエネルギー関連の製造会社に入社し、30年以上にわたって勤務する。55歳を迎えて新しい道を模索。もともと趣味で活動していたアウトドア分野で起業することを決意し、イナウトドア(同)を立ち上げた。現在は、オリジナルアウトドアグッズの開発や、サバイバル教室などの展開、自然保護のボランティア活動に注力している。 ※保有資格 ・NCAJ 認定 キャンプインストラクター ・JBS 認定 ブッシュクラフトインストラクター ・日赤救急法救急員他 ■企業情報 イナウトドア 合同会社 〒238-0114 神奈川県三浦市初声町和田3079-3 ■URL https://www.inoutdoor.work/ ■X(旧Twitter) @moritoyo1 |