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コラム

オフを充実させ、より良いビジネスライフを! 大人が楽しむアウトドア考

キャンプやサバイバルに関するアウトドアスクールを主催しているイナウトドア合同会社の森豊雪代表が、アウトドアの魅力をお伝えする連載コラム。自然の中には人々の心に響く数々の「音」が存在する。特に夏のキャンプにおいて、日常の喧騒から離れた場所だからこそ生まれる音の特徴や、自然に身を委ねることで心をリフレッシュさせる「静かなアウトドア」の魅力についてまとめていく。

自然が奏でる癒やしの音を楽しむということ

今更ながら、私もYouTubeを始めてみようと思いアカウントを開設した。アウトドアやキャンプのことを発信するものだ。そのタイミングで、ASMRという言葉を知った。

ご存じの方も多いことと思うが、私自身にはまったく未知の言葉であった。ASMRは「Autonomous Sensory Meridian Response」の略とのこと。五感を通じて刺激を受け、気持ち良く感じたりゾクゾクしたりする反応のことを指す。その中でも聴覚を刺激する動画は人気が高いのだそうだ。例えば食べ物の咀嚼音を聞く動画などが代表的である。「え?そんなものが人気なの?」と思うかもしれないが、これが意外にも多くの人に支持されているというから興味深い。

昔からよく聞く言葉に「ヒーリング」がある。では、ヒーリングとASMRの違いは何だろうか。私としては、ASMRの中にヒーリングが含まれているように感じる。そもそもヒーリングとは、心や体の緊張を解きほぐし、リラックスを促す働きのある音や空間、行動を指すことが多い。対してASMRは、より身体感覚に訴えかける部分があり、脳や神経に「心地良い反応」をもたらすところが特徴的だと思う。

そんな現在の流行を少し意識しながら野外を歩いてみると、これまでわからなかったさまざまな感覚を感じ取ることができる。

例えば海辺に立った時、最初に感じるのは風でも光でもなく、音だ。そのことに気付いたのは、ある夏の早朝だった。

波が静かに寄せては返すリズム。背後の林から聞こえる鳥のさえずり。木々の葉が、風に揺れてわずかに擦れ合う音。

人の気配がほとんどない時間帯、自然はまるで耳元で語りかけるように、音を通して存在を教えてくれる。

アウトドアというと、「動く」「遊ぶ」「挑戦する」というアクティブなイメージが強い。しかし年齢を重ねるほどに、そうした外部からの刺激を感じ取る「静かな楽しみ方」に魅力を感じるようになった気がする。

焚火を囲んで過ごす時間。キャンプサイトで聞く虫の音。夕暮れの山で風が木々を抜ける音。

これらの「音の体験」は、大人になったからこそ味わえる、深くて豊かなアウトドアの楽しみだと思うのだ。

ただ子どもの頃のほうがもっと自然の中の体験を純粋に感じられていたのかもしれない。

私たちは成長とともに「音」を情報として処理するようになり、その奥にある感情や記憶とのつながりを見落としてしまうようになるのではないだろうか。冒頭で述べたようなASMRが近年人気を博しているのも、「耳から癒やしを得るという感覚を楽しむ」ことが浸透してきていることの表れのように感じる。

ただ、マイクや編集技術で生み出されるASMRよりも、もっと原始的で本能に働きかける「癒やしの音」があるとすれば、それは自然の中にある音ではないかと思う。

私自身、実はYouTubeを開設する頃と時を同じくして、ナレーションや音声の仕事に関心を持ち始めた。それに合わせて、「聴くこと」の意味を改めて考えるようになった。

声や音には質感のようなものがあり、空気を震わせて人の感情に直接届く。それは、人の話し声でも、自然が生み出す音でも同じことだ。人は耳でただ音を聞くだけでなく、心で「音の気配」を感じ取っているのだと思う。

自然の中に身を置くと、耳が普段とは違う働きをしていることに気付く。街中では雑多なノイズが常に耳に流れ込み、選別することすらできない。しかし自然の中で耳をそばだてると、音の一つひとつが明確で、空気の中に「余白」というものを感じる。その余白にこそ、耳を休め、心を癒やす力があるのだ。

ある夜、キャンプで焚火を眺めながら静かに耳を澄ましていた時のことだった。パチパチと薪がはぜる音に混じって、遠くで小さな虫が鳴いていた。時折、風がふっと通り抜けるたび、テントの布がわずかに揺れてカサッと音を立てる。

ただそれだけの時間に、私はものすごく満たされた感覚を覚えた。

何かを成し遂げたわけでも、感動する景色を見たわけでもない。ただ「音に包まれている」ことが、こんなにも心を落ち着かせてくれるのかと、少し驚いた。

夏という季節は、音に満ちている。蝉の声、波の音、夕立の雨音、すべてが生命力にあふれていて、どこか懐かしい。

忙しい日常から少しだけ離れて、音を聴くためだけに自然の中へ行く時間は、大人だからこそ味わえる、静かで贅沢なものだ。

耳を澄まし、音に身を委ねることで、自分自身の感覚が研ぎ澄まされていく。すると、自然と呼吸が深くなり、心のわだかまりがほどけていくような気分にさせてくれる。そうした穏やかな時間こそが、夏のアウトドアに隠された魅力なのかもしれない。

耳の感覚を研ぎ澄ますためには目を閉じることが有効だ。私がボーイスカウトの指導者をしていた時には、目を閉じて自然の中の音を聴くということを行っていた。

人間は視覚から得る情報から音を判断してしまうこともある。しかし、目を閉じることによってそうした視覚からの情報が遮断され、純粋に音だけの情報に神経が集中できるようになる。わずかな葉の音も聴けるようになるのだ。

今年の夏、もし心が少し疲れていたら、ぜひ耳を澄ますアウトドアに出かけてみてほしい。目で見る景色や手で触れる感触ではなく、「耳」にフォーカスするアウトドアだ。その中で得られる癒やしは、思っているよりずっと深く、優しい体験になるだろう。

▶イナウトドア(同)では親子向けスクールや焚き火体験なども行っております。詳しくはこちらのサイトをご覧ください。
 
https://www.inoutdoor.work/school
■プロフィール
森 豊雪

学業修了後はエネルギー関連の製造会社に入社し、30年以上にわたって勤務する。55歳を迎えて新しい道を模索。もともと趣味で活動していたアウトドア分野で起業することを決意し、イナウトドア(同)を立ち上げた。現在は、オリジナルアウトドアグッズの開発や、サバイバル教室などの展開、自然保護のボランティア活動に注力している。
 
※保有資格
・NCAJ 認定 キャンプインストラクター
・JBS 認定 ブッシュクラフトインストラクター
・日赤救急法救急員他
■企業情報
イナウトドア 合同会社
〒238-0114
神奈川県三浦市初声町和田3079-3
■URL
https://www.inoutdoor.work/
■X(旧Twitter)
@moritoyo1

 
 

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